滝蔵、助蔵の子孫初対面 ハリスに仕えた玉泉寺訪問―下田

下田版 2018年06月12日

村上住職の話を聞く滝蔵・助蔵の子孫(左端が十文字さん、中央の女性が西山さん)=下田市柿崎の玉泉寺
村上住職の話を聞く滝蔵・助蔵の子孫(左端が十文字さん、中央の女性が西山さん)=下田市柿崎の玉泉寺

 ■「新たな歴史に」

 日本最初の米総領事館が置かれた下田市柿崎の玉泉寺でタウンゼント・ハリスに仕えた村山滝蔵(1842~1918年)と西山助蔵(1842~1921年)の子孫が11日、玉泉寺を訪問し、幕末に活躍した2人に思いをはせた。本紙の連載「『唐人お吉』を作った男たち」をきっかけに、執筆した幕末お吉研究会の杉本武代表が仲介し、それぞれの子孫の初対面が実現した。

 滝蔵の子孫は、横浜市戸塚区に住む十文字誠さん(60)をはじめ親族10人。十文字さんは滝蔵の玄孫(やしゃご)に当たる。

 助蔵の子孫は、下田市中村に住む西山朋子さん(54)をはじめ親族4人。西山さんは助蔵の玄孫に当たる。

 助蔵は29歳で家督を継ぎ下田で没しているため、下田に子孫が住んでいる。滝蔵は晩年、中国・大連に渡ったため、子孫の所在はよく分からなかった。

 十文字さんの大学時代の同期生が下田に住み、本紙の連載を見て十文字さんに連絡し、さらに十文字さんから杉本代表に連絡があった。十文字さんの住まいは、奇しくも杉本代表が経営する会社と同じ町内だった。

 この日は、昨年6月11日に85歳で亡くなった十文字さんの母・澪子さん(滝蔵のひ孫)の命日。1周忌に合わせ助蔵の子孫と対面した。

 玉泉寺では、村上文樹住職が「2人はハリスとヒュースケンの手足となって活躍したが、あまり資料が残っていない。子孫の方々にどのように伝わっているか、新たな歴史の一ページにしていきたい」とあいさつ。

 両家を代表し、十文字さんが「いろいろな縁が重なってこの日を迎えることができ、感動している。これを機に、下田に子孫がいるであろう長男伴蔵(滝蔵は次男)の家系が確認できれば」と期待を寄せた。

 この後、村上住職の案内でハリス記念館を見学、本堂で「滝蔵と助蔵の玉泉寺での暮らしについて」と題する講話を聴いた。

 ■滝蔵と助蔵

 1856年、ハリスが玉泉寺に領事館を開き、当時14歳の滝蔵と13歳の助蔵が給仕として住み込みで働き始めた。59年、2人はハリスの江戸出府に同行。ハリスが公使に昇任し、公使館となった江戸麻布の善福寺に移った。滝蔵は渡米し、帰国後、再び公使館に勤めた。晩年は次男の住む大連に移り76歳で没した。助蔵は4代の公使に仕え、29歳の時に家督を継ぐため下田へ帰郷。山仕事などをし、79年の生涯を終えた。

 【写説】村上住職の話を聞く滝蔵・助蔵の子孫(左端が十文字さん、中央の女性が西山さん)=下田市柿崎の玉泉寺

各地の最新の写真
伊東
「若者と伊東、元気に」 18、25日にJCフェスタ
下田
サンマ漁船「豊幸丸」北へ 県内唯一 安全航海と大漁祈る―西伊豆・安良里
中伊豆
JA函南東部と日大国際 丹那牛乳の魅力発信
熱海
多賀中が東海優勝 水泳の400メートルフリーリレー―熱海

最新写真特集

伊豆のひろば投稿
伊豆パワースポットめぐり
伊豆新聞&イズハピが贈る伊豆の観光情報紙「伊豆時間」 花半島伊豆 ちょっと早めの春をさがしに・・・(PDF)