「炭焼き市兵衛」知って 石塔横に案内看板新設 天城湯ケ島LC

伊豆日日版 2018年05月17日

新設した「炭焼き市兵衛の墓」の看板を眺める関係者。右が石塔=伊豆市湯ケ島
新設した「炭焼き市兵衛の墓」の看板を眺める関係者。右が石塔=伊豆市湯ケ島

 江戸時代に新しい炭焼きの技法を現在の伊豆市天城湯ケ島地区に伝え、「天城炭」生産に功績を残した「炭焼き市兵衛」を知ってもらおうと、天城湯ケ島ライオンズクラブ(LC、堀江正身会長)と同市教育委員会は、案内看板を新設した。湯ケ島の天城遊々の森(大川端キャンプ場跡)内、「踊子歩道」沿いに建てられた市兵衛の石塔(墓標)の横に設置し、功績を説明している。

 江戸時代、幕府が管理する天領だった天城山一帯は、乱伐がなく樹木が多かったため炭焼きが盛んに行われ、木炭生産が重要な産業の一つだった。明和年間(1764~72年)の頃、紀州尾張(現和歌山県)から市兵衛という炭焼きを招き、新しい技法を導入したという。備長炭と同じ方法とみられる。新技法で作った炭は「天城炭」と呼ばれ、江戸城の本丸や西ノ丸で使われる御用炭として重宝されていたという。

 市兵衛は天明7(87年)に死去した。業績に感謝した湯ケ島村(当時)の人たちにより、旧下田街道沿いに石塔が建てられ、その後に現在の場所に移された。石塔の横には天城湯ケ島町時代に建てられた木製の看板があったが、数年前に腐朽した。毎年、周辺を清掃する同LCは看板の新設を検討。看板に記す文章は、NPO法人伊豆学研究会の橋本敬之理事長に相談して助言を受けたという。

 関係者は16日、看板の除幕式を行った。堀江会長は「いつの間にか看板がなくなり、放っておけないと思った。市兵衛さんのことを知ってもらいたい」、西井伸美教育長は「看板設置に伴い、豊かな天城の森にも関心を高めてほしい」と話した。ステンレス製の看板は、景観に考慮して木目調にした。

 設置場所は道の駅「天城越え」と水生地下駐車場の間。

 【写説】新設した「炭焼き市兵衛の墓」の看板を眺める関係者。右が石塔=伊豆市湯ケ島

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