-伊豆のイロドリ- 秋の熱海を満喫しよう!

2016年09月18日

 伊豆の玄関口<熱海>は、歴史的にも古い温泉街。かつて、江戸城に献上させた「御汲湯(おくみゆ)」は、熱海温泉を愛した徳川家歴代将軍に継承され、数々の著名人も来湯しました。
 江戸の奥座敷として名をはせた熱海には、自家源泉を有する宿が多数あり、相模湾や“熱海100万ドルの夜景”を眺められる露天風呂など、情緒たっぷりに、心まで温まる温泉施設が多数軒を並べます。
 最近では、東京から新幹線で約50分というアクセスの良さから、カップルや家族で気軽に遊びに行けると人気です。
 今回は、由緒ある温泉と共に、熱海の“ここはおさえておきたい観光スポット”を厳選!熱海駅から車で10分以内の場所にある、名所ばかりを集めてみました。

 マップ1【熱海駅前<家康の湯>足湯】
JR熱海駅改札を出ると、まず目に飛び込んでくるのが足湯<家康の湯>です。徳川家康をはじめ、徳川家歴代将軍が愛した熱海温泉を、気軽に足湯でどうぞ♪

 マップ2【日本三大古泉の一つ<走り湯>】
熱海市伊豆山にある走り湯温泉は、道後温泉や有馬温泉と並ぶ、日本三大古泉の一つ。奈良時代に発見された由緒ある源泉です。湧き出した湯が、海岸に飛ぶように走り落ちる様子から<走り湯>という名が付けられました。

 マップ3【熱海坂道浪漫<海光町の石畳>】
熱海・国道135号、伊豆東海バス<海光町バス停>を降りていくと、<熱海坂道浪漫>の看板から石畳が続き、さわやかな海風が通り抜けます。

 マップ4【<ブルーノ・タウト「熱海の家」>旧日向別邸】
相模湾を眼下に臨む高台にある、アジア貿易で活躍した日向利兵衛が建てた別邸。地下室はドイツ人建築家ブルーノ・タウト(1880~1938年)の設計によるもので、日本で現存する唯一の作品です。

 マップ5【リビエラ海岸をイメージした<親水公園>】
熱海サンビーチに隣接した親水公園は、フランスの「コートダジュール」やイタリアの「リビエラ海岸」をイメージした作りになっています。「恋人の聖地」に認定されていて、夜のライトアップはとてもロマンチック。

 マップ6【貫一・お宮の像】
尾崎紅葉の小説「金色夜叉」で、主人公・貫一とヒロイン・お宮の別れの場面の舞台になったといわれる場所に、二人の像が立っています。

 マップ7【お宮の松】
国道135号下り線沿いにある松の木。昭和初期までは「羽衣の松」と呼ばれていました。尾崎紅葉の小説「金色夜叉」で、主人公・貫一とヒロイン・お宮の離別シーンの舞台になったといわれています。

 マップ8【熱海サンビーチ】
100万ドルの夜景、日本のモナコと呼ばれる熱海。白い砂浜とヤシ並木、穏やかな波で子ども連れの家族にも人気です。夜になると砂浜がライトアップされ、幻想的なムーンライトビーチになります。

 マップ9【熱海七湯】
古来より湧き出し、今なお湯気を上げる七つの源泉。これらをたどっていくと、熱海温泉の歴史や人々の生活と、深く関わっていたことがわかります。

 マップ10【日本初の公衆電話】
1889(明治22)年1月1日。日本初の公衆電話が熱海に設置されました。明治の高官や政治家、偉人たちが熱海を保養の場、会談の場として来遊し、東京の奥座敷と呼ばれた、熱海ならではの歴史です。

 マップ11【初代英国公使<オールコックの碑と愛犬トビーの墓碑>】
初代英国公使オールコックが熱海に来遊した際、愛犬トビーが<大湯>の熱湯で死んでしまい、熱海の人たちがトビーを大切に葬りました。オールコックは、野蛮と思っていた日本人に対する見方を改め、その時の熱海の人たちによる<おもてなしの心>に感動し、以後親日家になったそうです。

 マップ12【明治の文豪・坪内逍遥の住居<双柿舎>】
熱海をこよなく愛した明治の文豪・坪内逍遥が、大正9年から昭和10年に亡くなるまで約15年の間、過ごした住居。双柿舎(そうししゃ)の名は、2本の老柿から付けられました。

 マップ13【熱海芸妓見番歌舞練場】
毎週土・日曜日<湯めまちをどり華の舞>を開催しています。プロの踊り手の表情や着こなし、地方(三味線などの演奏)と息の合った舞台を楽しめます。料金は、踊り、顔見せ、お茶とお菓子付きで1500円。予約優先。

 マップ14【熱海の三大別荘と称された<起雲閣>】
非公開の岩崎別荘、今はなき住友別荘と並び、熱海の三大別荘と称された起雲閣。旅館時代には志賀直哉をはじめ、谷崎潤一郎、太宰治など文豪たちにも愛されました。

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