伊豆ガイド〜北伊豆編〜

沼津[ぬまづ]

名物
タカアシガニ、海産物
名所・史跡
沼津御用邸、千本浜と若山牧水記念館、戸田造船郷土資料博物館
簡単アクセス
東京方面
 東海道新幹線三島駅―東海道線沼津駅
 東海道線沼津駅
 東名ハイウエーバス 沼津駅前
 東名高速道路 沼津インター

名古屋方面
 東海道新幹線新富士駅―東海道線沼津駅
 東名ハイウエーバス 沼津駅前
 東名高速 沼津インター
歴史
沼津の地名が歴史に現れるのは、鎌倉時代の「吾妻鏡」(あずまかがみ)だが、愛鷹山麓から石器時代の遺物が見つかったのをはじめ、縄文、弥生、古墳時代の遺跡もそろっている。富士山麓から海に向かってなだらかな南斜面の地形は農業にも漁業にも向いており、住みやすかった。大和朝廷ができるとこのあたりは珠琉河(するが)国と記載されている。奈良時代には古宇や三津で取れたカツオが都に献上された。平安初期には、市内最古の寺・西光寺が開かれている。

室町時代、駿河の支配者であった今川氏の客将・伊勢新九郎(北条早雲)が興国寺城主になり、伊豆を支配した。北条の水軍は後に武田軍と千本浜沖で戦っている。豊臣秀吉が北条氏を滅ぼすと、一帯は徳川家康の支配地になり、江戸時代は大久保氏、次いで水野氏が支配、沼津城も作られた。沼津城は明治維新後、沼津兵学校として使われ3年後東京に移転、陸軍士官学校のもとをなした。

1889年、東海道線が開通、当時は箱根山を北に迂回して小田原から御殿場回りで沼津に下りていた。1899年には沼津御用邸が造営され、沼津の浜は学習院の遊泳場でもあった。1923年市制施行、魚市場、繭市場などのある静岡県東部の産業集積所になった。商業も栄え、1954年に全国初のアーケード街もできた。1969年に東名高速道路が完成し、沼津への侵入路は飲食店の並ぶグルメ街道として名所になった。地元出身の芹沢光治良、千本浜に住んだ若山牧水の記念館もでき、歴史民族資料館、明治資料館など文化施設も完成した。2005年には平成の合併で伊豆有数の漁業基地で幕末にロシア船を建造した戸田村と合併、伊豆の玄関口として機能が充実した。昭和の合併では淡島マリンパークや伊豆三津シーパラダイスのある内浦、ミカン産地の西浦と合併、駿河湾を弓状に囲んだ形になった。西浦の大瀬は海の神を祭る大瀬神社と、波打ち際なのに真水の神池があり、内浦祭りには大漁旗を飾った漁船が集結し、女装の若衆が船上で踊る。駿河湾は水深が深く暖流が流れ込むため、大瀬はダイビングスポットとしても人気が高い。
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