伊豆ガイド〜北伊豆編〜

三島[みしま]

名物
ウナギ、ジャガイモ
名所・史跡
三嶋大社、山中城跡、箱根旧街道、源兵衛川、楽寿園
簡単アクセス
東京方面
 東海道新幹線三島駅、東海道線三島駅―伊豆箱根鉄道 三島広小路、三島田町、三島二日町、大場
 東名高速 沼津インター 国道1号 三島 国道136号
 新宿駅西口―伊豆=新宿スカイライナー (1日2往復)

名古屋方面
 東海道新幹線三島駅、東海道線三島駅―伊豆箱根鉄道 三島広小路、三島田町、三島二日町、大場
 東名高速 沼津インター 国道1号 三島 国道136号
歴史
三島は律令時代、伊豆国の国府が置かれ、伊豆府中と呼ばれていた。三宅島―下田白浜―と遷宮したとされる三島大社は「伊豆一宮」とされ、平安時代には8月の祭りが近在の楽しみになっていたらしく、源頼朝は大社の祭りで手薄になった山木兼隆の館を襲い、旗揚げの初戦に勝利を収めた。頼朝は鎌倉幕府を開いた後も三島大社を重んじ、宝物殿に頼朝と政子から寄進された品々がある。中世以降は武家、庶民の信仰を集め、今も東海道有数の社格を誇っている。大社が発行する「三島暦」は奈良時代から御暦師・河合氏が作っており、江戸時代は京都の陰陽師・土御門家から使者が三島に派遣され、京都の暦と三島暦を交換していた。河合家の裏には暦算のための天文台もあった。

三島は北条氏の拠点として山中城が置かれたが、豊臣秀吉の小田原攻めで陥落、江戸時代は江戸幕府の直轄地として東海道三島宿となる。箱根越えの前後の休息地でもあり賑わった。初めは代官所が置かれたが(現在の市役所付近)後に韮山代官が管理した。宿場であり三島大社の門前町でもあったため、遊郭も栄え、幕末に作られた「農兵節」にも三島女郎衆が登場する。明治になり、鉄道が箱根を迂回したため衰退しかけたが、1898年現在の御殿場線下土狩駅から豆相鉄道(現在の伊豆箱根鉄道駿豆線)が三島田町まで敷かれ、丹那トンネル完成後1934年に現在の三島駅が完成すると、東京方面への通勤、通学者が急増、伊豆の玄関口として輝きを取り戻した。1919年には野戦銃砲兵第二連隊、翌年に第三連隊が置かれ、1929年には三島測候所が開設され、1941年市制施行。戦後は東レ工場、横浜ゴムなど製造業の拠点になり、日本大学、国立遺伝学研究所など学校・研究機関の拠点にもなっている。

三島駅近くの市立公園楽寿圓の池の水は、富士山の雪が100年後に染み出したものといわれる。かつては市内の至る所に湧水があり、町中の水のきれいさで「水の都」と呼ばれた。一時水が減少したが、市民運動で回復しつつある。

三島大社から南に下田街道が伸びており、韮山、修善寺を通り天城を越える。三島の南のはずれ近くに、哀れな娘の伝説にちなんだ「手無」の地名があり、手無地蔵が祭られている。
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