「伊東愛した」北里柴三郎 新千円札肖像画に決定

伊東版 2019年04月11日

野間自由幼稚園創立70周年記念誌に載る北里柴三郎の別荘の写真を示す吉久園長=同園
野間自由幼稚園創立70周年記念誌に載る北里柴三郎の別荘の写真を示す吉久園長=同園
北里柴三郎が私財を投じて松川に架けた「通学橋(つうがくばし)」の名が現在も残る=伊東消防署付近
北里柴三郎が私財を投じて松川に架けた「通学橋(つうがくばし)」の名が現在も残る=伊東消防署付近

 ■別荘跡地に野間幼稚園 吉久園長「市民が知るきっかけに」 私財投じ「通学橋」

 近代医学の基礎を築いた医学者で細菌学者の北里柴三郎(1853~1931年)が新千円札の肖像画になると発表され一夜明けた10日、ゆかりの深い伊東市では関係者から、喜びや歓迎の声が聞かれた。大正初期、同市竹の内に北里が建てた別荘跡地にある野間自由幼稚園の吉久知延園長(64)は「伊東を深く愛した北里先生について、市民の皆さんが知るきっかけに」と期待している。

 「日本の細菌学の父」と呼ばれる北里は1913(大正2)年、現在の同園がある松川河畔に別荘を建設、日本初の室内温泉プールを併建し温泉療法を実践した。プールは畳百畳分の広さがあり「千人風呂」として一般開放されていたという。

 さらに私財を投じて、現在の西小近くの松川に、子どもたちが安全に学校へ通うための「通学橋」を架けるなど、地域に大きく貢献した。

 北里の死後、別荘は講談社を創業した野間家が買い取り、48年に敷地内に同幼稚園を開設した。別荘は2001年に取り壊されたが、園生たちにとって思い出のある象徴的建物だったという。昨年、創立70周年を迎えた同園の吉久園長は「第一報を聞いてとてもうれしく、誇りに思った」と喜んだ。さらに「残念ながら、伊東と関わりが深かった北里先生について、知らない人が多いのではないか。これを機に関心を持っていただけたらうれしい。今後も伊東を愛した北里先生や当時の講談社社長・野間清治の思いを守り伝えていきたい」と力を込めた。

 【写説】野間自由幼稚園創立70周年記念誌に載る北里柴三郎の別荘の写真を示す吉久園長=同園

 【写説】北里柴三郎が私財を投じて松川に架けた「通学橋(つうがくばし)」の名が現在も残る=伊東消防署付近

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