医療現場“生涯現役”貫く 吉川龍一さん大みそかに死去、93歳

伊東版 2019年01月11日

吉川さんの遺影を手にする許田さん=幸町の吉川医院
吉川さんの遺影を手にする許田さん=幸町の吉川医院

 ■吉川医院院長 市民の「かかりつけ医」、「優しく、社交的だった」

 伊東市の医療の第一線に半世紀以上にわたって立ち続けた同市幸町4の17、吉川医院院長の吉川龍一医師が昨年12月31日、93歳で死去した。亡くなる10日前まで診療を続け、多くの市民のかかりつけ医として“生涯現役”を貫いた。

 吉川さんは1925(大正14)年、東京都港区麻布出身。慶応大医学部を卒業後、産婦人科の専門医として兵庫、長野県内の病院勤務などを経て55年、伊東に移り住んだ。65年には吉川医院の前身となる吉川産婦人科を竹町に開業。75年、幸町に移転、94年には吉川医院に改称し、主に内科、婦人科の診療に取り組み、市民のかかりつけ医として力を尽くした。

 地域医療の拡充に目を向け、市立夜間救急医療センターや准看護学校の創設に取り組んだ。伊東ロータリークラブにも長年在籍して社会貢献し、異業種の仲間と交流も図った。市医師会では5期10年理事を、8期16年総会議長を歴任したほか、県医師信用組合の総代を16年務めた。

 大のプロ野球好きで、南海(現・福岡ソフトバンク)時代から筋金入りのホークス・ファンだったという。

 次女玲子さんの夫で、吉川医院後継者の医師許田和義さん(60)は「患者のために最善の医療を目指し、晩年まで新薬も取り入れた診療に努めた。医師として尊敬していた。仕事から離れると優しく、社交的で魅力あふれる人柄だった」と惜しんだ。

 【写説】吉川さんの遺影を手にする許田さん=伊東市幸町の吉川医院

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