熱視線=大廓式土器って何?(下)交流する中で誕生

2019年05月27日

大廓式の大型壺の上部(本来は下に壺部分)を手にする渡井さん=富士宮市埋蔵文化財センター展示室、市内の月の輪平遺跡から出土
大廓式の大型壺の上部(本来は下に壺部分)を手にする渡井さん=富士宮市埋蔵文化財センター展示室、市内の月の輪平遺跡から出土
高さが1メートル近くもある大廓式の大型壺。沼津市の足高尾上遺跡群から出土=沼津市志下の同市文化財センターに展示
高さが1メートル近くもある大廓式の大型壺。沼津市の足高尾上遺跡群から出土=沼津市志下の同市文化財センターに展示
大廓式土器が見つかった天竜川周辺―相模川周辺の各遺跡(渡井さん作成)              
大廓式土器が見つかった天竜川周辺―相模川周辺の各遺跡(渡井さん作成)              

 ■高尾山古墳から大量出土 同盟拡大で各地へ?

 大廓式土器[おおくるわしきどき]はなぜ、東駿河の狩野川流域で誕生したのだろうか。一帯は海路、陸路の交通の要衝であり、この辺りの集落は列島各地の拠点集落と盛んに交流をしていたことが出土する土器などから明らかだ。人や物が行き交う中で、この地域独特の火山噴出物である軽石を含む土を使うなどした大廓式土器が生まれていった―と推測され、沼津市の高尾山古墳からは外来系の土器とともに大廓式土器が大量に出土し、墳墓で最も重要な埋葬施設の真上からも大廓式の大型壺[つぼ]が見つかっている。高尾山古墳を中心に東駿河、狩野川流域の拠点集落と大廓式土器の関係、誕生の背景を探った。(文、写真 森野宏尚)

 沼津市東熊堂[ひがしくまんどう]の愛鷹山[あしたかやま]から南に延びる尾根の末端に立地する高尾山古墳(前方後方墳、墳長約62メートル、230年ごろ築造、250年ごろ埋葬)では、外来系の土器とともに在地系の大廓式土器も大量に出土し、関係者を驚かせた。

 高尾山古墳発掘調査報告書の作成に携わった元沼津市文化財センター職員で、明治大黒曜石研究センター研究員の池谷信之さん(60)によれば、古墳の周囲に沿うよう幅7~9メートルにわたり巡らした周溝から大量の土器が発見され、東海西部系や北陸、近江系など(畿内系は出土せず)の外来形系土器とともに大廓式土器が一緒に出てきたという。

 「特筆されるのは最重要とされる墳頂部にある埋葬施設の木棺のほぼ真上、頭部と足側に1個ずつ土器が置かれ、頭部側が大廓式の大型壺(下半分のみ)、足側が二重口縁壺だった。墳頂部ではこのほか東海西部系の土器も見つかった。東海西部(狗奴国[くなこく]?)の力が及んでいるのは確かなように思える」。

 筑波大の滝沢誠准教授(56)は「注目すべきは墳墓祭祀[さいし]の中で最も重要な位置を占める埋葬儀礼に、在地の土器のほかに外来の土器が用いられていた点だ。古墳に葬られていた人物が在地の集団に基盤を持つばかりでなく、西方の有力地域とも強い結び付きがあったことを示すものだ」と指摘する。

 さらに池谷さんは「大廓式の大型壺は土質のほか大きさ、プロポーションなど誰が見ても超特徴的で、同盟関係を結ぶ時に東駿河の証しとしてこの壺を持参したのではないか。戦国の世では女性を嫁がせ血縁により同盟を拡大したが、古墳時代は土器がその役目を果たした。私の知る限り純正品(搬入品)が外部に出ている数はそれほど多くなく、同盟関係が強かったとみられる西尾市(愛知県)でも数点確認した中で1点のみ。静岡市では30点ほど見た全てが模倣品だった。東日本も詳細に調べれば模倣品がもっと増えるか」

 富士宮市教育委員会・埋蔵文化財センター所長の渡井英誉[ひでよ]さん(59)は「大廓様式として捉えられている地域圏は、西は天竜川以東、東は相模川以西までの範囲として、相互に親縁性を持った地域を形成していたと考えたい。その地域を基盤として、東日本において大廓式土器の移動と呼ばれるように、駿河から土器が搬出されるようになる。そこには政治的な力が作用したであろうし、その礎となったのが高尾山古墳であり、その被葬者なのであろう」と力説した。

 ■目立つ外来系土器 近くに前期古墳あるか―山木遺跡

 伊豆の国市の山木遺跡と清水町伏見の恵ケ後遺跡は外来系土器の出土が目立ち、他地域との交流が盛んだったとみられ、それに対し外来系土器がほとんど出土せず弥生時代の伝統を重んじた?のが沼津市の足高尾上遺跡群。これら拠点遺跡や“スルガの王”の墓である高尾山古墳と大廓式土器との関係は?

 山木遺跡は韮山高のある微高地に住居跡、その周辺の沖積地に水田跡が広がる巨大な遺跡だ。弥生時代後期に進んだ政治的統合をうかがうことができる重要な遺跡との認識が高いが、渡井さんは「古墳時代前期になると首長に関わる居館の可能性がある掘立柱建物群と祭殿ではないかとみられる独立棟持柱付建物の登場が明らかになる。このような建物群が認められるのは東駿河でここだけだ」と話す。

 その上で「継続性や外来系の目立つ土器組成、遺構の特異性などを総合的に判断すると古墳時代前期の東駿河における中枢域だったと想定される。山木遺跡の近くに同遺跡の首長にふさわしい前期古墳が存在してもおかしくない」。池谷さんも同様の考えを示し「丘陵部には戦後に畑が作られ、削られてしまった可能性もあるが…」と推測した。

 黄瀬川や国道1号バイパス高架橋東側の恵ケ後遺跡からは古墳時代前期の掘立柱建物跡が見つかり、出土遺物が外来系の土器で占められるなど居館的な遺跡の存在が想定され、交流の拠点だった可能性が高い。高尾山古墳被葬者の居館跡とみる研究者もいる。

 沼津市の愛鷹山山麓には弥生時代後半、浮島沼の周縁部にあった集落の衰退(何らかの災害を含む環境変化か?)に合わせ、愛鷹山中腹の標高80~180メートルの東名沼津インターから運転免許センター付近の東西約2キロの限定的な範囲にいくつもの集落が誕生。これが足高尾上遺跡群である。ここからは大廓式の大型壺が多く出土する。

 渡井さんは「大型住居や遺跡群の北側には東西に大きな溝状遺構(深さ・幅2メートル、長さ2キロ)が築かれ、中心的な植出遺跡では掘立柱建物群跡を確認。外来系土器がほとんど出土せず、弥生時代以来の伝統性を重んじた経営がされたが、なぜか高尾山古墳の登場時期に突然衰退してしまう。大廓式の大型壺が外に出ていく時期とも重なる。実に示唆的だ」。

 池谷さんは、こんな見方をする。「狩野川流域の大規模な水田経営がされた地域は、先進他地域と積極的に交流しなければ灌漑[かんがい]などの技術が入手できなかった。それに対し畑作で陸稲を作った?足高尾上遺跡群は、独自の技術でまかなえたため、他地域と積極的に交流する必要がなかった」。にもかかわらず大廓式大型壺が多く出土するのはなぜか。大型壺の東日本への搬出と関係した集落だったのか? 謎である。

 ■県東部主要遺跡からも見つかる ジオパークで活用提案

 駿河一帯の土器に詳しい渡井さんによれば大廓式土器の大型壺などが見つかっている東駿河や伊豆地区の主要遺跡は沼津市の雌鹿塚[めがづか]遺跡、目黒身[めぐろみ]遺跡、大廓遺跡、足高尾上[あしたかおのうえ]遺跡群、藤井原遺跡、御幸町遺跡、清水町の恵ケ後[えがうしろ]遺跡、三島市の青木原遺跡、御殿川流域遺跡群、函南町の仲道遺跡、伊豆の国市の山木遺跡、伊豆市小下田の清藤・小磯遺跡、南伊豆町の日詰遺跡、河津町の姫宮遺跡、伊東市の竹の台遺跡、西小学校遺跡、熱海市下多賀の新釜遺跡など。

 古墳は沼津市の高尾山古墳、神明塚古墳、三島市の向山16号墳のほか、県東部では最も古い古墳とみられる富士宮市の丸ケ谷戸[まるがやと]遺跡の前方後方型墳墓からは大廓1式期の土器が出土している。

 これらの中で特に注目されるのは、幅広い他地域との交流はあったものの東海西部系などが主で畿内との交易がほとんどみられない高尾山古墳、幅広い交流の跡がうかがえ畿内との交易もあった狩野川中流域―河口に近い山木遺跡や恵ケ後遺跡、他地域との交流がほとんどないにもかかわらず大きな集落経営がされた愛鷹山山麓に広がる足高尾上遺跡群である。

 「それぞれ特徴ある交流をしていたことがうかがえる」と渡井さんは言い、続けて「駿河湾沿岸域では弥生時代後期、海上ルートによる地域的な交流が日常的になることで土器型式の地域差が徐々に不明瞭になり、共通性が認識され同じ地域圏が形成されていくようになる。このような流れの中で古墳時代前期に大廓式土器が誕生、定着していった」。

 高尾山古墳、山木遺跡や恵ケ後遺跡以外でも、駿河湾―狩野川と結ばれる支流域にある三島市の御殿川流域遺跡群など外来系土器を多く出土する遺跡が点在する。渡井さんは「青木原遺跡の小銅鐸[どうたく]、鶴喰[つるはみ]広田遺跡の山陰系とされる銅鏃[どうぞく]などが象徴的」と話す。

 大廓式土器は誕生から150年ほどで終焉[しゅうえん]を迎えた。「東海規模ぐらいで土器の形が共通化(統一)していき、全国的な流れの中で姿を消していった。だが東駿河では100年後、同じ土を使い甕[かめ]と坏[つき]がリバイバルで作られる。西相模ぐらいまで広がり、地域の結束を再確認する狙いがあったのではないか」と富士市埋蔵文化財調査室の佐藤祐樹さん(39)は解説した。

 一方、東海大の北條芳隆教授(58)は「東駿河独特の土器に使われた皮子平パミス(軽石)の文化史に焦点を定め、伊豆半島ジオパークとしても活用すべきだ」と提唱する。

 【写説】大廓式の大型壺の上部(本来は下に壺部分)を手にする渡井さん=富士宮市埋蔵文化財センター展示室、市内の月の輪平遺跡から出土

 【写説】高さが1メートル近くもある大廓式の大型壺。沼津市の足高尾上遺跡群から出土=沼津市志下の同市文化財センターに展示

 【写説】大廓式土器が見つかった天竜川周辺―相模川周辺の各遺跡(渡井さん作成) 

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