熱視線=日本の森へオオカミ(下)民主的な手法で実施 トキ、コウノトリと同じ

2018年10月18日

少しやさしい眼光を向けるオオカミ(米国イエローストーン国立公園内、米国国立公園局提供)
少しやさしい眼光を向けるオオカミ(米国イエローストーン国立公園内、米国国立公園局提供)
獲物を横取りするためオオカミを追い立てるグリズリー(米国イエローストーン国立公園内、米国国立公園局提供)
獲物を横取りするためオオカミを追い立てるグリズリー(米国イエローストーン国立公園内、米国国立公園局提供)
大きめのシダのオシダに覆われ、以前は太古の森を思わせたが、ニホンジカに食い尽くされ溶岩が露出=伊豆市筏場の皮子平
大きめのシダのオシダに覆われ、以前は太古の森を思わせたが、ニホンジカに食い尽くされ溶岩が露出=伊豆市筏場の皮子平
わなで捕獲され、トラックに積み込まれる大きなニホンジカの雄=下田市内
わなで捕獲され、トラックに積み込まれる大きなニホンジカの雄=下田市内
くくりわなにかかったニホンジカ。わなによる捕獲では限界?=伊豆市内の達磨山付近
くくりわなにかかったニホンジカ。わなによる捕獲では限界?=伊豆市内の達磨山付近

 ■オオカミに頼るしか手なし 年30頭のシカ食べる

 日本オオカミ協会(丸山直樹会長、本部・南伊豆町伊浜)は、オオカミを野に放つ手法はトキやコウノトリと同じ―との考えを示す。具体的には最も重要な地域住民や幅広い国民の納得と合意に基づく民主的な手続きを経た上で、野生動物の保護・管理を主管している環境省が関係官庁の農林水産省、外務省、関係地方自治体、関係民間団体などと協議、再導入用のオオカミ生息地の中国やロシアなどの政府と外務省を通じて交渉し、日本に連れてくる―これが想定される筋書きである。民間団体の日本オオカミ協会が実施するわけではなく、同協会は生態学的な見地に立って普及・啓発活動を行うのが役割だ。(文、一部写真 森野宏尚)

 オオカミ再導入に向けて民間の合意が得られ、各種手続きがスムーズに進んだ場合、どこに、どれぐらいの頭数を放せば良いのか―丸山さんは「その前に皆さんに知って置いていただきたいのは、オオカミ復活を制限する法律はなく、再導入の法的権限は環境大臣にあると思う」との見方をした。

 その上で「オオカミは家族で縄張りをつくる動物で、縄張りの広さは平均で数百平方キロメートル。記録された最小の広さでも35平方キロメートル(松崎町の面積の半分程度)で、そこに1家族(平均2~8頭)が暮らす。縄張りの間には広い緩衝地帯(地域面積の20~40%)が必要。放す場所は移動距離が長いため、森林が続き餌(シカやイノシシなど)があればどこでも問題ない」

 「日本は国土や森林面積が小さく、オオカミはすめないのでは―と思っている人もいるかも知れないが、欧州の森林率は20%台の国が多い。日本は67%あり、欧州よりはるかに高い。現在400頭以上が生息するドイツは森林率が30%を少し上回る程度で、欧州の研究者は『日本の方が生息しやすい』と話す」

 「例えば伊豆半島の場合なら1群を5~6頭とすれば、6群ぐらいまで30頭以上が生息可能。4年ほど前ドイツのオオカミはポーランドを横断してベラルーシまで1600キロ移動した例がある。伊豆―サハリン(樺太、ロシア)の距離で、伊豆は箱根・丹沢方面ともつながり、富士山や南アルプスなどにあっという間に広がると考えられる。20年間で200~300頭ぐらいに増えるだろう。日本全国には6千頭台のオオカミが生息可能と試算している」

 「オオカミは体の大きさにもよるが、1日3キロの肉が必要とされ、単純計算で年間1千キロ余。体重40キロ前後のニホンジカなら、オオカミ1頭当たり年間30頭ほどの餌が必要だ。伊豆半島だけでも現状2万頭を超えるシカがいるといわれ、イノシシや他の害獣なども加えれば相当な数に上る。オオカミを放てば、手間もお金も掛けずに適正な生態系が築けるだろう。今の農作物被害や山の荒れ状況を見れば、早急な決断が望まれる」と続けた。

 加えて「オオカミはシカ、サルなどの被捕食者に心理的ストレスを与え、出生率低下などの効果も期待できる。モニタリングしやすいようにGPS(衛星利用測位システム)発信器を付けて放ち、仮に大きな問題が発生したら回収し、住民に不安がないよう万全の対策で再導入することが大切だ」と慎重な姿勢を示した。

 ■米国、ドイツで成果上げる 人を襲う例ほぼゼロ

 世界初の国立公園として知られる米国ワイオミング州など複数州にまたがるイエローストーン国立公園では、人の手で絶滅させたオオカミを二十数年前にカナダから移入、中大型草食動物の抑制に効果を上げる。欧州のドイツではオオカミが一時期根絶したが、欧州全体の保護策により隣国から侵入してきて定着し、周辺国にも広がりを見せる。両国では本来の生態系に戻りつつあり、オオカミ復活の成功例として世界的な注目を集める。

 1900年代前半、米国では連邦議会の方針で植食獣のシカ類やバイソン、ムース(ヘラジカ)などの保護を目的に捕食性ほ乳類の駆除政策が執られ、オオカミやピューマなどは絶滅寸前まで追い込まれた。イエローストーン国立公園では1926年、最後のオオカミが殺されたことで、大型のシカのエルクが激増し森林や草地の植生破壊が進んだ。

 95、96年にイエローストーン国立公園ではカナダから31頭のオオカミを入れ、2003年には171頭まで増加したが、後に犬が持ち込んだ病気で激減して90頭台で推移。だが公園北部のエルクは1万5千頭から5千頭まで減った。同時期、北部ロッキー一帯ではオオカミ66頭が導入され、こちらは1600頭以上に増加し、エルクの減少で植物がよみがえり、ビーバーなども戻って本来の生態系が回復しつつある。

 西欧では19世紀までにドイツ、フランスでオオカミが根絶、イタリアやスペインなどの周辺部には一部残っていた。1979年旧EC(欧州共同体)はオオカミを保護動物に指定、92年EU(欧州連合)は自然保護指令を採択。「欧州全ての動物、植物は生息する権利が保護されるべき」と保護義務を課した。

 根絶したドイツにはバルト海沿岸から400キロの距離を移動、ポーランド国境を越え入ってきた。2000年に定着を初確認し、現在ドイツ全土に拡大して生息数は400頭以上。最新の情報でフランスもドイツに迫る生息数を確認した。イタリアではわずかに残っていた個体が保護策で1千頭超まで増えた。

 「ドイツではこの16年間、人間がオオカミに襲われた事故はゼロ。ノルウェーの国立研究機関が過去66年間の欧州の咬傷[こうしょう]事故を検証した結果、人身事故は9件で、うち5件が狂犬病によるもの、4件が人間が餌付けしたための事故だった」。ドイツ自然・生物多様性保護連合の政策責任者マーカス・バーテンさんは日本オオカミ協会の取材にそう答え、欧米では科学的データにより偏見を捨て「共に生きる道」の歩みが始まっている。

 ■狩猟やジビエは限界 被害規模拡大の一途、だが決め手欠く対策

 わが国のシカ対策の現状について丸山さんは、こう指摘する。

 「シカの食害による農作物や林産物の被害額は膨らみ続け、年150~160億円。侵入を防ぐ囲い柵などの対策には1千億円~2千億円の税金が投入されている。このままではいつまでもこの財政支出は続くことになる。このほか被害額では表せないシカ食害による山地の裸地化、雨に洗われての土砂崩れや地滑りによる被害は、今後より深刻になるだろう」

 続けて「明治期にオオカミが絶滅したが、昭和30、40年代までは確かに狩猟でシカの増加を抑圧してきた経緯もある。だが望みの綱の狩猟免許取得者は1970年代は50万人台だったが、今は10万人を割ろうとしている。しかも高齢化が極度に進み、若い狩猟者は珍しくなった。ハンターを職業化することも提案しているが、私の試算では1市町で5人のハンターを雇ったとしても諸経費込みで全国で毎年数百億円から1千億円以上のお金が必要になる。現実的ではない」

 「最近はわな猟をする人が増えているが、それでも戦前のような猟による抑圧は期待できない。ジビエ(獣肉料理)も推奨され、全国的に盛んだが、流通価格が高めなど普及への障害になってる。狩猟では元気なシカも捕ってしまうが、オオカミは子ジカや年老いたり弱ったりした獲物を狙い、生態系の更新につながる。オオカミなら人(狩猟者)がなかなか入れない奥山もカバーできる」。

 いずれも現在実施する対策では増えすぎたシカを抑圧するのは不可能だとし、丸山さんは「最近、環境省は対策効果でシカが減っている(仮にそうであっても一時的なもので、抜本的には増加傾向)と公表しているようだが、そんなことはない。現状、オオカミに頼るしか手はない」と強調、断言した。

 ■今夏、下田の展示会に500人超 多くの若い人、観光客

 日本オオカミ協会は今夏、5日間にわたり下田市3丁目の旧沢村邸で「オオカミ展 2018 下田」を開催した。写真やパネル、書籍展示、丸山会長のトークサロンなどの内容で行い、500人を超える人が来場した。

 観光名所のペリーロードに近かったため、観光客や地元の人らが訪れ「オオカミの存在意義を知ることができた」「オオカミは人を攻撃するイメージがあったが、違うことを知り驚いた」「オオカミについて知らないことばかりで、勉強になった」など多くの感想も寄せられた。

 丸山さんは「こんなにたくさん来てもらえるとは思わなかった。これまで関心を寄せてくれるのは年配者に片寄っていたが、若い人が多く驚いた」と理解は徐々に進み、手応えを感じた。

 【写説】少しやさしい眼光を向けるオオカミ(米国イエローストーン国立公園内、米国国立公園局提供)

 【写説】獲物を横取りするためオオカミを追い立てるグリズリー(米国イエローストーン国立公園内、米国国立公園局提供)

 【写説】大きめのシダのオシダに覆われ、以前は太古の森を思わせたが、ニホンジカに食い尽くされ溶岩が露出=伊豆市筏場の皮子平

 【写説】わなで捕獲され、トラックに積み込まれる大きなニホンジカの雄=下田市内

 【写説】くくりわなにかかったニホンジカ。わなによる捕獲では限界?=伊豆市内の達磨山付近

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