寄稿=開国の記憶(4)「ハリスと阿片」(玉泉寺住職・村上文樹)

2018年09月14日

 ■アヘン禁輸を幕府に説く

 英国は中国の鎖国政策を、阿片(アヘン)戦争によって粉砕した。1840~42年の阿片戦争、56~60年のアロー戦争(第2次阿片戦争)のことである。清朝の阿片禁輸措置に対し、英国は開戦したのである。アローとはアロー号という阿片の密輸船のことであり、この船に清朝官憲が立ち入り検査を行ったことに端を発した戦争である。

 この間、阿片密売は黙認され、英国のジャーディン・マセソン商会、米国のラッセル商会などは、阿片密売にどっぷりつかり巨額の利益を貪っていた。

 売るから買いに来るのか? 買いに来るから売るのか?(もちろん売った方が悪いのだが)どちらが先か分からないほどに阿片中毒者は蔓延していった。

 戦争にはどちらにも譲りがたい言い分があるはずであるが、この戦争に関しては、言い訳も弁解も通じない不義の戦争であった。正当化することはできないものであって、侵略戦争と変わらなかった。

 ハリスは、日本に来航する前、中国に滞在しており54年には寧波の領事に任命されていた(実際には、本人は任地に赴かず、副領事が赴任した)。中国に関わっていたのであり、一方、ペリーも黒船艦隊の基地を中国に持っていた。ハリスもペリーも中国に於ける麻薬ビジネスについては、詳しく知っていたはずである。そして悍(おぞ)ましく感じていたのである。

 ハリスは、ペリーの和親条約をさらに発展させ、通商条約の交渉のために外交官としてここ下田に来航した。玉泉寺における交渉は、遅々として進まず、下田で1年をむなしく過ごすこととなった。

 安政4(57)年、ようやく江戸に出府し、将軍に謁見する。10月26日、老中堀田備中守邸宅において約2時間も世界の現状を説いた。蒸気機関の発明により世界の情勢が一変し「日本は好むと好まざるとにかかわらず鎖国政策を放棄しなければならなくなるだろう。貿易に対する適当な課税(関税)は日本に大きな収益をもたらし、そして勤勉な国民は強力な国家を造るだろう」と述べ、阿片についても言及している。

 ハリスは阿片の害を詳説した。害毒と知りながら金もうけのために阿片を中国に持ちこんだ英国商人の悪徳を痛罵し、英国政府の対応を人道上許すべからざる行為であると非難した。米国は日本の楯となる。そのために、来るべき条約には「阿片禁輸」を明記することを申し出た。ついでながら、阿片とは関係ないが、この時ハリスは、当時キリスト教の一件が外交上の大きな問題となっていたことを踏まえ「宗教は個人の自由であり、無理強いするものではない。往古、スペイン人やポルトガル人のように国土侵略の具として布教するなどもっての外であり、現在では、そうした懸念は全く無用である」と説いた。本題から外れたがハリスの誠実な人柄を理解いただくためここに取り上げた。

 さて本題に戻る。ハリスのこの日の日記には「私は、外国が日本に阿片の押し売りをする危険があることを強く指摘した。そして私は日本に阿片を持ち込むことを禁ずるようにしたいと述べた」とある。

 当時の米国は、外交の基本原則を欧州諸国の勢力拡張、領土拡張(植民地主義)に反対し、平和外交を展開していた。これをモンロー主義というが、鎖国の日本に初めて入った外交官がモンロー主義を謳う米国のハリスであったことは実に幸運であったといえる。もしこれが、ハリスでなかったら、この国の歴史は確実に変わっていただろう。

(下田市柿崎)

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