伊豆の低山を歩く ジオてくの楽しみ37=龍宮山・仏谷山(下田市)

2018年01月23日

1.宝徳院脇の岩山・仏谷山には十六羅漢や六観音の石仏が安置され、江戸時代から信仰を集めたという
1.宝徳院脇の岩山・仏谷山には十六羅漢や六観音の石仏が安置され、江戸時代から信仰を集めたという
2.吉佐美八幡神社境内の天然記念物イスノキ。ヒョンノキとも呼ぶ
2.吉佐美八幡神社境内の天然記念物イスノキ。ヒョンノキとも呼ぶ
3.ハート形の龍宮窟は最近、多くの観光客が押し寄せ超人気のパワースポットだ
3.ハート形の龍宮窟は最近、多くの観光客が押し寄せ超人気のパワースポットだ
4.貴重な平安時代後期作の毘沙門天立像(左)と室町~江戸前期作とみられる不動明王立像=浜条の御堂
4.貴重な平安時代後期作の毘沙門天立像(左)と室町~江戸前期作とみられる不動明王立像=浜条の御堂
5.田牛の長谷寺本尊「阿弥陀如来座像」は重要文化財で遠国島付近に流れ着いた。見学可能
5.田牛の長谷寺本尊「阿弥陀如来座像」は重要文化財で遠国島付近に流れ着いた。見学可能
登山データ・表
登山データ・表
登山ルート図
登山ルート図

 ■山と人々=岩山の石仏群と漂着仏像 白浜男に吉佐美女、海から異文化や血入る

 下田市南部の吉佐美地区は昔、大賀茂入り口の国道辺りまでが遠浅の入り海で、一帯の海路は難所が多く西風やならいで波の高い日は沖を行く船が避難した。宝徳院に隣接する岩山の仏谷山は海底が隆起し、標高100メートルにも満たないが昔は日和山[ひよりやま]と呼ばれ、海上の空模様を予測した。

 仏谷山には諸霊を慰めるために十六羅漢[らかん]や六観音の石仏群が安置され、江戸時代から信仰を集めた。羅漢は悟りを開いた高僧のこと。イワヒバ(岩松)が多く自生し、山頂は金比羅堂があって絶景だ。

 9世紀ごろ海岸に流れ着いた千体仏が仏谷山山頂の岩窟[がんくつ]に祭られ、後に地元の夫婦が麓に庵[いおり]を設けて信仰。15世紀には千体仏のうち不動尊を本尊に宝徳院が創建された。「毎年1月28日には初不動大祭が開かれ、仏谷山を多くが参拝する」と澤代勲生住職(74)。

 「吉佐美は浜条[はまんじょう]、北条[きたんじょう]、入条[いりじょう]、里条[さとじょう]の4地区に分かれ、各御[み]堂に昔、大賀茂川河口の岩場の重根[はしゃげ]に漂着した仏像が安置されていた。浜条には今も残る」と進士[しんじ]英美さん(82)。進士さんは浜条の奥の阿波船条[あぶんじょう]に住み「昔はこの辺りも海で、阿波[あわ]船が難破か立ち寄り地名になった」。

 上原仏教美術館の主任学芸員・田島整さん(48)は「浜条の御堂(老人憩いの家)にある毘沙門天立像は平安時代後期作、不動明王立像は室町~江戸前期作。現在、大賀茂の曹洞院に安置される二天像、薬師如来像も平安後期作で元々吉佐美の御堂にあった。船が難破するなど海との関連で入ってきたのは間違いない。論文を書く考え」と重要性を説く。下田市西中の郷土史家・土橋一徳さん(92)は「吉佐美八幡神社の元の名、阿波命[みこと]神社が阿波船条の名の由来」「『白浜男に吉佐美女』といわれ、吉佐美の女性は美人。船で訪れた高貴な人の血が入ったためか」「吉佐美や田牛、南伊豆の湊[みなと]は砂鉄が多く取れ、平安時代ごろ?製鉄が盛んだった」と史話を紹介した。

 吉佐美にはこんな風習もあった。「各組の御堂には木製の長さ2・5メートルほどの太刀があり、無医村だったため急病人が出ると太刀とウバメガシの葉を年齢の数だけ海に流した。無事、岸に流れ着くと『太刀の向きはようございました。安泰です』と患者を安心させた」と進士武さん(96)は懐かしんだ。

 読み方が難しい田牛[とうじ]の地名について土橋さんは「専門家が調べたが分からなかった。私は平安時代の公家・タジ(タチ)ヒ部の領地だったことから、後に漢字を当て田牛になったと推測する」とひも解いた。

 ■登山記=人気と隠れパワースポット 龍宮窟や神社の巨木

 吉佐美大浜海水浴場の駐車場(夏季は有料)に車を止め、南伊豆方面に向かって歩き始めた。大浜は幅770メートルで、「昔は海岸沿いの道はなく、市営総合グラウンドの山の付け根までが大浜の砂浜。広さは今の2倍ほどあった」と地元古老の進士武さん。

 車道をしばらく行くと、碁石のような小さな丸い石が多い碁石が浜。車に注意して歩き、トンネルをいくつか抜けると天然砂の田牛サンドスキー場だ。下りて行くと自生のハマユウ(浜万年青[はまおもと]、県指定天然記念物)が迎えてくれる。

 隣は近年、観光客が押し寄せているパワースポット・龍宮窟だ。底や天井がハート形に見えてカップルらに大人気。海岸に下りたり、周囲を1周したりできる伊豆を代表するジオスポットで、山頂には龍王社がある。田牛区長の渡辺角夫さん(71)は「昔は洞窟内でどんど焼きをやり、新造船は沖で3周し御神酒をまく。神聖な場所だが、人気が出て俗化され困った」とうれしい悲鳴?

 田牛集落内を右手に折れ少し行くと、国の重要文化財「阿弥陀如来座像(像高86・5センチ)」が安置された長谷寺[ちょうこくじ]。平安時代末に近くの遠国島[おんごくじま]の岳浦[たけうら]に流れ着き、後に本尊に迎えられた。実に柔和な、良いお顔をした仏様だ。伊豆八十八カ所霊場の54番札所。

 山側に進み、稲葉ホースファミリー方面に右折する。峠道を下って吉佐美方面に戻り、トンネルを抜け車を置いた駐車場入り口を大賀茂川方面に行くと、市指定天然記念物のハマボウ群生地。ボードウオーク(両岸歩行OK)を上流側に行けば、左手に伊豆八十八カ所霊場の53番札所の宝徳院だ。

 仏谷山や吉佐美八幡神社に立ち寄った。この辺り一帯も隠れたパワースポットで、岩山や国の天然記念物のイスノキ、クスノキの大木がパワーの源だ。

 ■ジオ解説=海食洞に天窓開く 伊豆の自然の不思議詰まる

 龍宮窟とサンドスキー場は伊豆半島を代表するジオサイトである。最初に目を引くのは龍宮窟の形だ。駐車場から階段を降りて龍宮窟の中に入ると直径50メートルほどの天窓の空いた空間が広がり、海につながる洞窟からは神子元島を望む。

 天窓ができたのは最後で、龍宮窟の始まりは海食洞だった。波が海岸に打ちつけると崖の弱い部分(柔らかい地層や断層など)が削られ洞窟(海食洞)ができることがある。海食洞が広がり天井部分が落盤して天窓ができた。

 洞窟の壁は、海底火山の火山灰などの地層に彩られている。全体的に黄色味を帯びるのは、高温の地下水によって岩石などの成分が変化する熱水変質のためだ。火山噴出物の地層には、海食洞ができるような軟らかい部分もあれば、波の浸食に耐える硬い部分もある。

 龍宮窟の海食洞は、途中で硬い地層にぶつかり、2方向に分岐していたようだ。この分岐付近で落盤が起こったため、天窓を上から覗くとハートのような形に見える。

 サンドスキー場も自然の営みの不思議を感じることができるサイトだ。強い風によって吹き寄せられた砂が積み上がってできた天然のサンドスキー場。

 砂は斜面の途中にたまったり、背後の崖に吹き付けられて落ちてきたりする。やがて砂の丘が高くなってくると、砂粒は斜面にとどまることができなくなり滑り落ちるようになるため、砂の丘の斜面はいつも同じような角度になる。砂が運ばれてくる限りサンドスキー場は維持されるが、この場所にどのように砂が運搬され、たまるのかはあまりよく分かっていない。

 伊豆半島の自然の不思議が詰まった見どころを将来にわたって活用していくためには、その仕組みを知り、適切に使っていくことも大切なことである。

(伊豆半島ジオパーク推進協議会専任研究員・鈴木雄介)

 【写説】宝徳院脇の岩山・仏谷山には十六羅漢や六観音の石仏が安置され、江戸時代から信仰を集めたという

 【写説】吉佐美八幡神社境内の天然記念物イスノキ。ヒョンノキとも呼ぶ

 【写説】ハート形の龍宮窟は最近、多くの観光客が押し寄せ超人気のパワースポットだ

 【写説】貴重な平安時代後期作の毘沙門天立像(左)と室町~江戸前期作とみられる不動明王立像=浜条の御堂

 【写説】田牛の長谷寺本尊「阿弥陀如来座像」は重要文化財で遠国島付近に流れ着いた。見学可能

 【図表】登山データ表

 【図表】登山ルート図

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