熱視線=しろばんばの正体は?

2017年12月02日

井上靖が通った旧湯ケ島小で、しろばんばを探す研究者ら。キンモクセイにたくさんいたほか、飛ぶ姿も見られた
井上靖が通った旧湯ケ島小で、しろばんばを探す研究者ら。キンモクセイにたくさんいたほか、飛ぶ姿も見られた
2次寄生植物を見つけるため、いろいろな植物の根元を探す参加者=伊豆市湯ケ島
2次寄生植物を見つけるため、いろいろな植物の根元を探す参加者=伊豆市湯ケ島
キンモクセイの朽ちた切り株に入り込んだしろばんば=旧湯ケ島小
キンモクセイの朽ちた切り株に入り込んだしろばんば=旧湯ケ島小
しろばんばと見られるヒイラギハマキワタムシの成虫。全て雌(10月下旬から発生)
しろばんばと見られるヒイラギハマキワタムシの成虫。全て雌(10月下旬から発生)
成虫が産んだ仔虫(幼虫)は成熟して親になり交尾。上が緑色の雄、下が黄色の雌
成虫が産んだ仔虫(幼虫)は成熟して親になり交尾。上が緑色の雄、下が黄色の雌
交尾して産まれた越冬卵から成長した二齢幼虫。蝋状物質を出す
交尾して産まれた越冬卵から成長した二齢幼虫。蝋状物質を出す
幼虫が成熟した幹母。全て雌
幼虫が成熟した幹母。全て雌
蝋状物質を取り除いた幹母
蝋状物質を取り除いた幹母
4月下旬~5月に羽が生えた成虫(春のしろばんば)、蝋物質はほとんどない
4月下旬~5月に羽が生えた成虫(春のしろばんば)、蝋物質はほとんどない

 ■研究者らが現地調査 ほぼ特定ヒイラギハマキワタムシ

 伊豆とゆかりの深い作家・井上靖が、子どもの頃の思い出を描いた自伝的小説の題名でもある「しろばんば」==とは一体何か?。「白っこ」や「雪虫」などといわれ、晩秋から初冬の夕方などに浮遊するように飛ぶ小さな虫―と答えられたら立派なものだ。ただ、白っこや雪虫と呼ばれる虫の仲間はたくさんいて、井上靖が見たしろばんばの正式名は推定されているものの、いまだ確定していないという。そこで昆虫研究者らが伊豆市湯ケ島に集まり調査、ほぼ特定したが、1年間の生活史は不明な部分が多い。特異な生態と、謎だらけのしろばんばの正体に迫った。(文、写真 森野宏尚)

 元県農業試験場勤務で日本応用動物昆虫学会、日本昆虫学会会員の池田二三高さん(76)=袋井市=が県内外の研究者らに呼び掛け11月中旬、「しろばんば現地調査会」が開かれた。「井上靖の生誕110年(今年)に合わせ、しろばんばの正体がつかめればと4年前に調査を始めた。2、3年もあれば突き止められると思ったが、いまだ分からずじまいだ」

 仲間の応援も得たいと企画し、しろばんばは天気の良い日の夕方や早朝に見られるため1泊2日で開催、15人が参加した。井上靖が通った旧湯ケ島小、おぬい婆[ばあ]さんと幼少期を過ごした土蔵や母屋のあったしろばんばの文学碑、幕末に下田から江戸に向かう途中の米国初代駐日総領事のハリスも泊まった弘道寺など一帯を見て回った。薄暮が迫るころになるとしろばんばは出始め、多くを捕獲した。しろばんばが最初に寄生する1次寄生植物のキンモクセイに集まる傾向がみられた。

 「湯ケ島で確認できたのはヒイラギハマキワタムシと、少し小さく白い綿状の蝋[ろう]物質が少なめのケヤキヒトスジワタムシ。井上靖が子どもの頃、追い掛けたしろばんばは、ヒイラギハマキワタムシでほぼ間違いない」という。だが、農林水産省北海道農業研究センターの佐野正和研究員に標本を送り、同定してもらう方針で、確定までには少し時間が掛かる見通し。

 「あと1種、トウネズミハマキワタムシも可能性があるが、この虫が最初に寄生する1次寄生植物のトウネズミは明治初期に日本へ入り、調べた限り湯ケ島では見つからなかった。この季節以外では5~10月初めにエノキワタムシが見られ、湯ケ島では3種を確認済み」

 しろばんばの可能性が高いヒイラギハマキワタムシは1年間の生活史のうち、春から晩秋に飛翔するまでのおおよそ半年間、何らかの植物の根に2度目に寄生するとみられ、この間の生活史が不明だ。参加者は、いろいろな植物の根元を調べるなどしたが、謎解きには至らなかった。

 池田さんは「昨年、今年と自宅で100種類の植物を集め、調べたが空振りだった。可能性がある植物は自然界に千種類ほど存在する。2次寄生植物を突き止めるためにはしらみつぶしにやるしかない」と語り、何としてもしろばんばの年間生活史を解き明かしたい考えだ。

 ■春から晩秋の生活史不明 特異な生態の昆虫

 しろばんばと見られるヒイラギハマキワタムシは10月下旬ごろに発生し、体から白い綿状の蝋物質を出す。夕方や早朝などに浮遊するように飛び、ヒイラギやキンモクセイの幹や枝の樹皮下、切り口に集まる。「飛翔するのは1次寄生植物のヒイラギやキンモクセイを探すためと思われる。井上靖がしろばんばを見た子どもの頃は、恐らくキンモクセイは少なく、大方ヒイラギだったと想像される」

 晩秋から初冬に飛翔しているのは全て雌で、交尾せずに雌雄の仔虫[しちゅう](幼虫)を産む。雄(薄い緑色、雌より一回り小さい)と雌(薄い黄色)の仔虫は、1日で成熟して交尾し卵を産む。樹皮下や切り口で卵は越冬、3月下旬にふ化し一齢幼虫になる。

 二齢幼虫は蝋状物質を出し、成熟して「幹母[かんぼ]」になる。幹母は文字通り元となる母親で、羽がなく全て雌(カイガラムシに間違えられることがある)。交尾せずに次々と子ども(全て雌)を産み、4月下旬~5月に羽が生えて成虫(春のしろばんば)になる。

 羽は2次寄生植物にたどり着く移動手段のために生えるとみられるが、移動先の植物が何なのかが不明だ。「幹から地面に潜る際、アリにくわえて連れて行ってもらうことも分かっている(他の似た種類)。自分で潜るワタムシもいる」

 土の中で半年近く過ごした後、晩秋にはいだす。昼頃出てきて、4~5時間かけて羽が固まるのを待ち、夕方に飛び立つ。これが通常見られるしろばんばだ。「湯ケ島の調査会で、木の根元を念入りに調べていたのはこのためだ」

 続けて「白い綿状の蝋物質を何のために出すのか分からない。目立って鳥やトンボなどに補食されてしまうケースが考えられ、危険を冒してまで出す理由がきっとあるはずだ。ほかの多くのアブラムシは蝋状物質を出さず黒い。1万匹いたら蝋状物質を出すのは10匹程度の割合しかなく非常に珍しい」。一連のしろばんばの生態は実に奇々怪々、まか不思議だ。

 ■湯ケ島地区だけ「しろばんば」 井上靖「白い老婆の意味」

「その頃、と言っても大正四、五年のことで、いまから四十数年前のことだが、夕方になると、決まって村の子供たちは口々に“しろばんば、しろばんば”と叫びながら、家の前の街道をあっちに走ったり、こっちに走ったりしながら、夕闇のたちこめ始めた空間を棉屑[わたくず]でも舞っているように浮游[ふゆう]している白い小さな生きものを追い掛けて遊んだ…」

 これは井上靖の有名な小説「しろばんば」の冒頭部分だ。1962(昭和37)年12月、3年にわたって「主婦の友」に連載してきた「しろばんば」の完結後、井上靖はこんな感想も記す。「“しろばんば”そのものも、伊豆にはほとんど居なくなっています。昔は京都あたりにも、冬の初めの夕方に、しろばんばが出たといいますが、やはりいまは出なくなっているそうです」

 しろばんばと呼ぶのは伊豆半島の中でも、伊豆市湯ケ島地区のみと局所的だ。旧天城湯ケ島町の全域には浸透しておらず、お隣の旧中伊豆町や旧修善寺町でも言わない。なぜ、しろばんばなのかは不明だが、井上靖は「幼き日のこと」の中で「“しろばんば”というのは白い老婆という意味であろう」と述べている。おぬい婆さんとも重なる。

 元教諭で地元の文学に詳しい安藤裕夫さん(68)は「私が小学生だった昭和30年代初め、井上先生が小説を発表する以前に『しーろばんば、しろばんば』と叫びながら、しろばんばを追い掛けた思い出がある」、湯ケ島温泉で旅館「白壁荘」を営む宇田治良社長(61)は「湯ケ島では日中、しろばんばが飛ぶと雨が降るといわれ、知人に聞くと稲取ではほうそうばんばと呼び、ほうそうばんばが飛ぶとサバが捕れる―との言い伝えがあると聞いた」、河津町の稲葉修三郎さん(91)は「河津では機織[はたお]りばんばという」と教えてくれた。

 ■全国に方言名

 アブラムシの仲間で、体長3、4ミリ。世界大百科事典には北国では雪のように見えたり、この虫が飛ぶとやがて雪になると伝えられているため雪虫という。東京でオオワタやシーラッコ、京都で白子屋お駒はん、大和などでシロコババ、伊勢でオナツコジョロ、伊豆でシロバンバ、水戸でオユキコジョロなどの方言で呼ばれる。

 アブラムシ類の中で特にワタアブラ亜科の仲間には白蝋[はくろう]物質を分泌する腺が多数あって、多く分泌されると体全体が白い綿で包まれたようになる種類の総称。主としてワタアブラ属、ハマキアブラ属、ヨスジワタアブラ属、ゴバイシアブラ属など。

 【写説】井上靖が通った旧湯ケ島小で、しろばんばを探す研究者ら。キンモクセイにたくさんいたほか、飛ぶ姿も見られた

 【写説】2次寄生植物を見つけるため、いろいろな植物の根元を探す参加者=伊豆市湯ケ島

 【写説】キンモクセイの朽ちた切り株に入り込んだしろばんば=旧湯ケ島小

 【写説】しろばんばと見られるヒイラギハマキワタムシの成虫。全て雌(10月下旬から発生)

 【写説】成虫が産んだ仔虫(幼虫)は成熟して親になり交尾。上が緑色の雄、下が黄色の雌

 【写説】交尾して産まれた越冬卵から成長した二齢幼虫。蝋状物質を出す

 【写説】幼虫が成熟した幹母。全て雌

 【写説】蝋状物質を取り除いた幹母

 【写説】4月下旬~5月に羽が生えた成虫(春のしろばんば)、蝋物質はほとんどない

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