伊豆の低山を歩く ジオてくの楽しみ36=向峠・ボウチョウノ峰(伊豆市、河津町)

2017年11月29日

1.愛新覚羅慧生さんと大久保武道さんが心中した現場。ヒメシャラ(中央左の太い木)の根元に2人は倒れていた。田方郡、賀茂郡の郡境付近
1.愛新覚羅慧生さんと大久保武道さんが心中した現場。ヒメシャラ(中央左の太い木)の根元に2人は倒れていた。田方郡、賀茂郡の郡境付近
在りし日の愛新覚羅慧生さん(水原園博さん提供)
在りし日の愛新覚羅慧生さん(水原園博さん提供)
2.ボウチョウノ峰に登り切った場所にある巨大ヒメシャラ。幹周囲が2・65メートルあり、天城山系でも1・2位の太さだ
2.ボウチョウノ峰に登り切った場所にある巨大ヒメシャラ。幹周囲が2・65メートルあり、天城山系でも1・2位の太さだ
登山データ表
登山データ表
登山ルート図
登山ルート図

 ■山と人々=天城山心中から60年 地元でも徐々に風化

 1957(昭和32)年12月4日夕、伊豆箱根鉄道・修善寺駅から若い男女を乗せたタクシーが天城山方面へ向かった。女性はラストエンペラーとして知られる満州国皇帝・溥儀[ふぎ]氏の姪[めい]の愛新覚羅慧生[あいしんかくらえいせい]さん(19)=当時、横浜市在住=、男性は青森県出身の大久保武道[たけみち]さん(20)=同、都内=。共に学習院大2年生。

 師走の日は落ちるのが早く、旧天城トンネル付近は大木が茂り既に真っ暗。タクシー運転手に待つ必要がないことを告げると、2人は懐中電灯を手にトンネル脇の登山道から暗闇の中に消えていった―と想像される。

 翌日から捜索活動が始まり、2人の家柄や慧生さんのとびきりの美貌が話題となって連日、新聞紙上をにぎわせた。捜索打ち切りの翌日、失踪から6日目の10日に向峠近くのヒメシャラ(当時の報道はサルスベリ)の根元で2人が発見された。共に拳銃でこめかみを撃ち抜き息絶えていた。マスコミは「天国で結ぶ恋」「天城山心中」などと報じ、日本中の耳目を集めた。後に小説や映画にもなった。

 若い2人が悲しい死を遂げてから今年で60年になる。捜索などに直接関わった人たちの多くが既に亡くなり、地元でも風化しつつある。河津町梨本の元民宿経営・稲葉修三郎さん(91)は、消防団調度部長で裏方を務め捜索に出ることはなかったが、間接的には見聞きした情報を多く持っている。

 「大久保さんは右手に拳銃(父親の軍用)を持ち、左手で慧生さんを抱え亡くなっていたという(報道や従来の証言なども同様)。無理心中などいろいろ言われたが、私が見た慧生さんのラブレターには『私の大好きな武道さん』と何度も書いてあった。互いの家の格差によって一緒になれないと悟り、合意の上の心中だと思う」。慧生さんの母親・浩[ひろ]さんらは大久保さんによる強行と主張している。

 中伊豆側の上狩野村役場職員だった梅原かほるさん(77)=伊豆市月ケ瀬=は「捜索へのお礼で、大久保さんの親族から役場にリンゴ1箱が送られてきたのを覚えている」、心中から3年後に役場職員になった夫の宏生[ひろなり]さん(81)は「事件後、天城山では心中や自殺が相次ぎ、一種のブームのようになった。毎月のように登山者から発見情報が入り、捜索に出た。無縁仏も多かった。5、6年以上続いたかもしれない」と記憶をたどった。

 慧生さんらの捜索に加わり、中心的存在だった元助役(故人)は「慧生さんはものすごくきれいな人で、なぜ死ななければいけなかったのか…とよく悔やんでいた」。宏生さんは何度も聞かされた言葉を振り返った。

 ■登山記=慰霊登山で現地訪ねる 巨大ヒメシャラやケヤキも

 旧天城トンネルの河津側口にある駐車場に車を止めた。トンネルの伊豆市側は観光客が多く、長時間駐車は控えた方がよさそうな上、天城峠への登山道が急峻[きゅうしゅん]。河津側のトンネル左手から登れば、若干荒れているもののそれほど急ではない。

 間もなく天城峠で、伊豆市側から登ってくる上り御幸[ぎょうこう]歩道と合流する。この道は八丁池を目指す登山者の多くが利用する。北側(右手)に進めば八丁池や向峠方面の天城縦走路、西側(左手)は古峠や二本杉峠方面の伊豆山稜線歩道だ。しばらく行くと、崩落によって旧来からの登山道が通行止めになっており、案内されている通り右手の急坂を登る。

 60年前、旧天城トンネル脇の伊豆市側登山道から天城山に入った慧生さんらは、崩落もなかったことから今、通行止めの登山道を通った。慧生さんらの入山経路をたどりたいなら河津側に車を止め、「伊豆の踊子」の時代を想像しながら(踊子や学生とは逆方向だが…)旧トンネル内を歩いて伊豆市側に行き、登るのも良い。

 登り切った小高い場所は、ボウチョウノ峰と呼ばれる。なぜそう言うのか、また漢字書きも不明だ。ここに大きなヒメシャラがある。筋肉質のような太い幹が雄々しく、幹回りは2・65メートルあった。天城山系でも1、2を競う太さではないだろうか。富士山が望める絶景地もある。

 向峠には「向 右寒天〓路 左御幸〓路」の石柱があり、ここに複雑に枝分かれした“お化けブナ”が生える。同峠から上り御幸歩道(天城縦走路)を約100メートル行ったカーブ手前を右手に入った所が天城山心中の地だ。「愛新覚羅慧生 大久保武道 この地に眠る『われ御身を愛す』」と書かれた小さな看板が立つ。御影石、献花用の竹筒もあった。手を合わせた後、戻って寒天側に下った。

 向峠から分岐して寒天車道に下るのが寒天歩道で、少し行った歩道の上方は「寒天モミ群落」。林野庁が指定した広さ11・3ヘクタールの植物群落保護林で、看板に「モミを主にミズキなどの落葉広葉樹と混交し、暖温帯北部から冷温帯南部に位置して植生遷移上貴重」と記す。この看板手前の斜面(歩道近く)に巨大ケヤキが生える。計測すると幹回り6・5メートルあり、天城山有数の太さだ。

 樹木の赤ペンキが歩道経路を示す。途中を右折(直進に注意)し、人工林内を下れば寒天お礼杉付近に出る。寒天車道を下って寒天橋に出たら、旧下田街道を右手に進むと旧トンネルの車を止めた場所までわずか。

 ■第一発見者と新聞発表など食い違う遺体状況

 愛新覚羅慧生さんらの第一発見者である2人が存命であることが分かり、当時の様子を聞くことができた。河津町峰の後藤晋[すすむ]さん(86)と同町小鍋の平川定司[さだし]さん(81)。2人は元河津営林署寒天製品事業所に勤務していた。

 下田署湯ケ野駐在所署員や事業所責任者らと共に山に入り、違和感を覚えた獣道をたどり遺体を発見したという。

 「登山道脇は高さ1・5~2メートルあるクマザサが奥に5、6メートルにわたって生い繁り、気が付きにくい場所。遺体のあった所は登山道から10メートル余入り、草や木は余り生えていなかった」「慧生さんはヒメシャラにもたれ掛かり、大久保さんは1メートル以上離れ地面に仰向けに倒れていた。その前に拳銃が落ちていた。銃身が細くて長かった。大久保さんは眼鏡がずれ、黒の新品の革靴は片足脱げていた。慧生さんは血もなく、きれいだった」

 後藤さんは記憶が薄れつつあるが、平川さんは鮮明に覚えていると話した。平川さんは「一緒に行った警察官が、ここは管轄外の田方郡なので手を付けられない、と短時間で引き揚げた。われわれの発見は午後1時すぎで、おそらく9日だった(新聞は10日午前9時半ごろ、上河津村消防団員が発見と報じる)。私は消防団員ではない」という。当時、報道された遺体の状況や発見時間などに、なぜか食い違いがあり大きな謎だ。

 ■ジオ解説=伊豆の大地の歴史横断 ルートに寒天林道火山も

 本ルートは、足元の大地の成り立ちが目まぐるしく変化する。天城山は80万~20万年前の噴火で誕生し、伊豆市・伊東市・河津町・東伊豆町に広がる雄大な火山で、最高峰は万三郎岳の1406メートルである。

 しかし、この山の全てが天城火山の噴出物だけでつくられているわけではない。天城火山の噴出物の下には、伊豆がまだ海底火山だった頃に海底などに積もった火山灰や溶岩がつくる数100万~数1000年前の地層(湯ケ島層群や白浜層群と呼ばれる)が隠されている。

 伊豆と本州の衝突によって隆起した、これらの地層が天城火山を「上げ底」しているのだ。天城山の周辺に刻まれた谷の中には、こうした古い地層が露出している。

 旧天城トンネルをスタートしてから向峠付近までは海底火山時代の地層がつくる山を歩く。向峠の東約280メートルにある標高953メートルのピーク付近は伊豆東部火山群の一つ「寒天林道火山」だ。

 この火山は約3万6000年前の噴火でできたもので、天城火山が噴火をしていた頃よりもずっと新しい。前回紹介した鉢ノ山の噴火年代と同じである。鉢ノ山と寒天林道火山は、両火山を結ぶ直線状にある大平火山や天子平火山と同時に噴火した火口であると考えられている。

 向峠から寒天歩道を300メートルほど下った付近の歩道脇には、この火口から流れ出した溶岩が観察できる。この付近の斜面は寒天林道火山から噴出したスコリアが斜面にたまっているためか比較的なめらかな斜面で、人工林になっている。

 さらに歩を進めて「寒天モミ群落」に差し掛かった辺りで、ようやく天城火山の噴出物がつくる地形となる。今回は伊豆の大地の歴史を横断して歩くようなルートである。

(伊豆半島ジオパーク推進協議会専任研究員・鈴木雄介)

 【写説】愛新覚羅慧生さんと大久保武道さんが心中した現場。ヒメシャラ(中央左の太い木)の根元に2人は倒れていた。田方郡、賀茂郡の郡境付近

 【写説】在りし日の愛新覚羅慧生さん(水原園博さん提供)

 【写説】ボウチョウノ峰に登り切った場所にある巨大ヒメシャラ。幹周囲が2・65メートルあり、天城山系でも1・2位の太さだ

 【図表】登山データ表

 【図表】登山ルート図

〓(5723)は経のツクリ

〓(5723)は経のツクリ

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