熱視線=チャイロスズメバチ 伊豆で急増

2017年09月08日

チャイロスズメバチが急増している伊豆地区に調査に訪れた県内各地の専門家ら=伊豆市地蔵堂の万城の滝周辺
チャイロスズメバチが急増している伊豆地区に調査に訪れた県内各地の専門家ら=伊豆市地蔵堂の万城の滝周辺
伊豆で急増中のチャイロスズメバチ。頭部と胸部脚は茶色、中胸背と腹部は黒褐色で他のスズメバチとの識別は容易=伊豆市地蔵堂
伊豆で急増中のチャイロスズメバチ。頭部と胸部脚は茶色、中胸背と腹部は黒褐色で他のスズメバチとの識別は容易=伊豆市地蔵堂
クヌギの蜜を吸うモンスズメバチ。同じ木にモンの巣を乗っ取るチャイロスズメバチもいた=伊豆市地蔵堂
クヌギの蜜を吸うモンスズメバチ。同じ木にモンの巣を乗っ取るチャイロスズメバチもいた=伊豆市地蔵堂
戸袋に作られたモンスズメバチの巣=伊豆の国市天野、原さん提供
戸袋に作られたモンスズメバチの巣=伊豆の国市天野、原さん提供

 ■キイロやモン追い南下? 北方系生態系の影響懸念

 夏の終わりごろから秋にかけて被害が集中するスズメバチ。人が刺されて死ぬこともあり最も恐れられているオオスズメバチやキイロスズメバチは大型のスズメバチ属の中でよく知られるが、今、伊豆半島で本来いなかった北方系といわれるチャイロスズメバチの確認が相次いでる。キイロスズメバチやモンスズメバチの女王バチを刺し殺して巣を乗っ取る社会寄生するハチだ。伊豆への進出で生態系に及ぼす影響も懸念されるなか、この特異な現象に迫り、日本国内では熊、ハブやマムシなど毒蛇よりも被害者(死者)が多く出ているスズメバチの生態や事故防止策について取材した。(文、写真 森野宏尚)

 チャイロスズメバチは1957年に長野県の伊那で発見、論文発表されたのが国内初。長野や東北、北海道などで確認例が多い。体長は女王バチ3センチ前後、働きバチ2センチ前後。甲殻類と同じ硬いキチン質の外皮を持ち、オオスズメバチの大あご、毒針でも容易に貫通できない。オオスズメバチやキイロスズメバチほどではないものの攻撃性は強いとされる。

 県内のハチの生態に詳しい元県農業試験場勤務で、日本応用動物昆虫学会や日本昆虫学会会員の池田二三高さん(76)=袋井市=によれば県内で最初にチャイロスズメバチが確認されたのは2004年の寸又峡温泉(川根本町)。伊豆昆虫談話会の原茂光さん(69)=伊豆の国市=は「伊豆では05年に伊東市の伊豆高原で県内4例目、08年に伊豆の国市浮橋の市民の森で5例目が見つかり、2、3年前まではポツリポツリ程度だった。だが昨年辺りから急増している」という。

 8月中旬に県内各地の研究者ら6人が参加して伊豆市地蔵堂の万城の滝周辺で調査が行われ、クヌギなどの雑木林を巡るとモンスズメバチなどに交じり多くのチャイロスズメバチを確認。池田さんは「驚いた。県中・西部では見つかればラッキーという程度で、沼津以西には少ない。初島(熱海市)でも確認済みで、これだけ生息する場所は県内で伊豆だけ。新しい生態的な現象だ」と話す。

 なぜ伊豆で増加しているのか―。スズメバチ研究の第一人者、玉川大農学部長の小野正人教授(56)は「チャイロスズメバチはキイロスズメバチとモンスズメバチの巣を乗っ取る社会寄生するハチだが、ホスト(宿主)であるキイロ、モンがいなければチャイロスズメバチも生きられない。伊豆にキイロやモンが多いために移動してきたのではないか」

 さらに「乗っ取りは近場では競合するため、競合相手の少ない遠方まで移動している可能性がある。チャイロスズメバチの女王バチは長距離移動ができると思う」と付け加えた。

 池田さんらが以前、長野県内で実験したところ、ほとんどのスズメバチは頭(上部)から攻撃してくるのに対し、チャイロスズメバチは足に群がるなど下部から攻撃してきたという。チャイロスズメバチは他のスズメバチと違って足元から襲ってくる可能性があり注意が必要だ。

 池田さんや原さんは「伊豆での状況は生態系への影響など、もう少し見守る必要がある。チャイロスズメバチの詳しい生態は分かっておらず、巣を見つけて観察することが大事」と課題を掲げた。

 ■巣を乗っ取る社会寄生のハチ 県中西部は分布薄く

 伊豆に勢力を伸ばしているチャイロスズメバチの乗っ取り、社会寄生は次のように行われる。

 キイロスズメバチやモンスズメバチの女王バチが1匹で営巣を始める4月下旬ごろ、チャイロスズメバチの女王バチは他のスズメバチよりも遅れて冬眠から覚め、キイロスズメバチやモンスズメバチの女王バチを殺して巣を乗っ取る。最初はキイロスズメバチやモンスズメバチの働きバチの労働力を利用して自分の働きバチを増やしていき、9月半ばに離巣して自分の巣を作り始める。

 原さんは「伊豆では最近、キイロスズメバチが減ってモンスズメバチが増えている。モンスズメバチは主にセミを肉団子にして幼虫の餌として与えることが知られているが、県中・西部では分布は薄く、キイロスズメバチの方が多い」という。

 小野教授は「チャイロスズメバチは寒い地方(春が遅い)で出現したためか、他のスズメバチの巣が出来上がった頃に遅く冬眠から目覚め、伊豆辺りではこのズレがちょうど良い。女王バチが命を落とす危険度が高いのは1匹で行動する巣作りや営巣の頃。他のハチを利用することで回避でき、理にかない効率も良い」と説明する。

 小野教授は1984年に勤務する東京都町田市の玉川学園キャンパス内でチャイロスズメバチを確認した。ジュースの飲み残しもあさり、人家でも巣作りするキイロスズメバチが都市部で数を増やし問題になったのがこの頃で、チャイロスズメバチはキイロスズメバチを追い掛けてきたと想像される。

 ただ数は少なく珍しいとされてきたハチで、小野教授がチャイロスズメバチについて学会で研究発表した際、長野県内の高校生が「うちの方にたくさんいる」と声を掛けてきたという。調べると実際たくさんいたほか、新潟県内でも多く見られた。小野教授は「大型のスズメバチはアジアで誕生して広がった。欧州にはモンスズメバチしかいない。チャイロスズメバチはその流れの中で北方で出現し、徐々に南下してきているのでは」とし、伊豆で近年、多く確認されているのもその一つとみられる。

 ■メモ=断トツの死者、野生動物最多 伊豆に全6種生息の大型のスズメバチ

 スズメバチはヤミスズメバチ属、スズメバチ属、クロスズメバチ属、ホオナガスズメバチ属の4属に分類され、世界では61種が知られる。日本ではスズメバチ属7種、クロスズメバチ属5種、ホオナガスズメバチ属4種の計16種が分布する。

 伊豆にはスズメバチ属のうち南西諸島に分布するツマグロスズメバチを除くオオスズメバチ、ヒメスズメバチ、コガタスズメバチ、モンスズメバチ、ケブカスズメバチ(本州以南は別亜種キイロスズメバチ)、チャイロスズメバチの6種のほか、クロスズメバチ属のクロスズメバチが生息。大型6種が見られる地域は珍しいという。

 1984年には過去最多の73人がスズメバチに刺され命を落とし、死者は年間20~40人に上り野生動物の中で群を抜いて多いが、小野教授や原さんは「スズメバチが草木を食い荒らす害虫を補食し、幼虫の餌にしている益虫としての側面も見逃してはならない。スズメバチの駆逐は農薬の大量散布をもたらし、授粉昆虫や鳥の減少につながる可能性もある。ハチと人がうまく付き合っていくすべをわれわれは身に付けていくべき」と訴える。

 ■生態学び被害未然防止―“専守防衛”の昆虫 黒い服装、香りは避ける

 スズメバチは人をむやみに襲うわけではなく、テリトリーに侵入した際などに攻撃してくる。小野教授は「これは攻撃ではなく防衛」といい、まさに“専守防衛”の昆虫だ。生態を知っていれば被害は防げる。

 スズメバチは春に冬眠から覚めた女王バチが巣作りを始めて産卵し、防御、餌の狩猟、育児など全て単独で行う。秋には新女王や雄が数多く発生、次々と離巣して別の巣で育った新女王や雄と交尾する。新女王は受精嚢[のう]に精子をため、倒木や土の中で越冬する。

 翌春、体内にためた精子を受精させれば雌、卵のみなら雄が生まれる。女王と働きバチ(全て雌)は幼虫時代の餌によって決定する。雄の仕事は交尾だけで交尾が終われば間もなく死に、次々と誕生する働きバチは約1カ月の寿命で、母親の女王バチも死に、巣は1年で役目を終える。

 人を刺すのは雌のみだ。巣に近づくと門番の働きバチ2、3匹が偵察に来て周囲を飛び回り、これ以上近づくな―と大あごをかみ合わせ「カチカチ」と警戒信号を発信する。その際は静かに後ずさりで退散するのが正解だ。手で払いのける動作は厳禁で、噴射した警戒フェロモンに反応した無数の仲間が巣から飛び出し救援にくる。そうなると手に負えない。

 「黒と白の風船を並べる実験をしたところ黒(頭や目など特に黒く光り動くもの)が標的にされ、香りのあるものを近づけると興奮する場合もある。昆虫食文化を発展させた東洋人の頭髪や目の黒いことが一因し、長い歴史の中でハチのDNAに危険因子としてプログラムされた可能性もある」と小野教授。このため頭髪など黒い部分を白い帽子などで隠し、着衣も淡いものを選ぶ、香水や整髪料は控える―などの注意点を挙げる。

 もし刺されたら応急処置で吸引器(エクストラクター)で毒を抽出する。口で吸うと傷から毒が入る場合がある。同時にきれいな水で患部を洗う。最近は自己注射製剤(エピペン)を医師の指導のもと所持する人もいる。小野教授は「ハチの毒にはフグ毒やトリカブトの毒のようにそれ自体に強い毒性はない」という。だが複雑な成分で構成された毒が体内に入ると即時型アレルギー反応(アナフィラキーショック)を発症し、死に至ることがある。死者の多くはこのケースだ。

 【写説】チャイロスズメバチが急増している伊豆地区に調査に訪れた県内各地の専門家ら=伊豆市地蔵堂の万城の滝周辺

 【写説】伊豆で急増中のチャイロスズメバチ。頭部と胸部脚は茶色、中胸背と腹部は黒褐色で他のスズメバチとの識別は容易=伊豆市地蔵堂

 【写説】クヌギの蜜を吸うモンスズメバチ。同じ木にモンの巣を乗っ取るチャイロスズメバチもいた=伊豆市地蔵堂

 【写説】戸袋に作られたモンスズメバチの巣=伊豆の国市天野、原さん提供

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