伊豆の低山を歩く ジオてくの楽しみ34=皮子沢モミ植物群落保護林(伊豆市)

2017年08月26日

1.林内は皮子平から噴出した軽石溶岩流が積み重なり、その上をコケが覆い、大小の樹木が生えるなど植生遷移を観察できる貴重な森だ
1.林内は皮子平から噴出した軽石溶岩流が積み重なり、その上をコケが覆い、大小の樹木が生えるなど植生遷移を観察できる貴重な森だ
2.樹齢200年を超えるモミなどの巨木が多く生え、原始の森を形成する皮子沢モミ植物群落保護林
2.樹齢200年を超えるモミなどの巨木が多く生え、原始の森を形成する皮子沢モミ植物群落保護林
3.大木が倒れ、その上にいろいろな植物が着生する。皮子平では鹿にほぼ食い尽くされたオシダが鹿が届かない大木中央に数株見られた
3.大木が倒れ、その上にいろいろな植物が着生する。皮子平では鹿にほぼ食い尽くされたオシダが鹿が届かない大木中央に数株見られた
4.林床を覆う軽石や黒曜石などの溶岩の上に樹木が根を張り、軽石や黒曜石には木目調など独特の模様も見られる
4.林床を覆う軽石や黒曜石などの溶岩の上に樹木が根を張り、軽石や黒曜石には木目調など独特の模様も見られる
登山ルート図
登山ルート図
登山データ表
登山データ表

 ■山と人々=こけむす溶岩と大木 忘れ去られた太古の森

 天城山系の中で特に魅力的なエリアとして多くの登山者らが挙げるのは、標高1100メートルほどにあるブナとヒコサンヒメシャラが群落をつくり、こけむす皮子平だろうか。天空の盆地には今は激減したものの往時、マメザクラや大型のオシダが群生し、天城でも特異な存在だった。

 だが、ここよりも200メートルほど下方にあまり注目されず、訪れる人も少なく、忘れ去られた太古の森の面影を残す空間がある。林野庁が指定する皮子沢モミ植物群落保護林(筏場学術参考保護林)である。ここを初めて訪れたときは、軽石溶岩流の大地を覆い尽くすほどのコケ、モミを中心とした大木が林立する風景に息をのんだ。

 下方の集落、伊豆市筏場に住む環境省の環境カウンセラー、伊豆昆虫談話会の塩谷和広さん(71)は「ハイキングコースに組み入れられて皮子平が有名になる30年以上前は、皮子沢を訪れるハイカーも多かった。ところがマメザクラなどで皮子平が注目されると、人の流れが変わった」。続けて「皮子平が俗化した分、皮子沢は昔のままの姿を残し、往時の皮子平の雰囲気がある」と力を込める。

 林野庁関東森林管理局によると保護林に指定されたのは1950(昭和25)年と比較的古く、広さは11・26ヘクタールある。モミを主体にカエデ類やブナ、ヒメシャラなど落葉広葉樹が混交する天然林。モミや他の樹種を含め樹齢200年を超える大木がある一方、若い木も生えるなど、火山活動の後の裸地状態から日陰でも育つ陰樹になるまでの植生遷移が観察できる貴重な森だ。

 5月末から6月初めのアマギシャクナゲ、6月末から7月初めのアマギツツジ、またヤマボウシ、秋の紅葉など季節によって美しさが際立つ。軽石溶岩流が積み重なっているため小さな風穴も多く、「温度計を穴に入れると外気との温度の違いが分かる。ただ夏季は暑さをしのぐためにマムシが穴にいることもあり手は絶対に入れないように」と塩谷さんはくぎを刺す。

 保護林の西端は急落し、その下が涸れ沢の皮子沢だ。水が抜ける「籠沢」が皮子沢の名の由来との説もある。最上流部は1キロほど水があり(昔はワサビ沢があった)、アマゴやイワナが生息する。保護林の上流で軽石の下に水が潜り3キロほど涸れ沢(雨が降れば川になる)となり、筏場のワサビ沢上方で湧き出す。ワサビ生産者でもある塩谷さんは「年間を通して13度と冷たい水で、非常に良いワサビが育つ」と自慢する。

 ■登山記=発見と感動の連続 積み重なる軽石と黒曜石

 伊豆市筏場の一般車は進入できない筏場林道ゲート横に車を止め、スタートした。間もなく林道は二股に分かれるが、右側ルートの筏場支線林道方面へ。筏場支線林道から分岐、軽石林道を進むと右手に「皮子沢歩道」の小さな標識がある。

 ここから同歩道を歩いても良いが、最も分かりやすい行き方は林道をそのまま上がる。途中、舗装道が現れる辺りに再び「皮子沢歩道」の標識が出てくる。ここを分岐しても皮子沢モミ植物群落保護林の北側(下方)に行けるが、今回は南側(上方)から入るルートを取る。

 軽石林道をさらに上ると、ゲートを入って間もなく二股に分かれた左側ルート(筏場林道)と合流し、その先は筏場林道となる。戸塚歩道入り口を通り過ぎ、しばらく行くと右手に「筏場学術参考保護林」の木製説明板が現れる。近くに小さな「皮子沢歩道」の標識があり、ここから自然林内に分け入る。

 下って行くとルートの分かりづらい場所があるが、踏み跡を探し最初は左手方向、間もなく右手側へ鋭角的に曲って下ると、わずかでモミ群落の南側入り口。約3200年前の皮子平の噴火で吹き出した軽石や黒曜石などの溶岩があちこちに積み重なる。その上はこけむし、モミなどの巨木が原生林を形成して太古の森に迷い込んだようだ。軽石や黒曜石を観察すると木目模様などが実に面白い。

 いつまでもとどまり隅々まで見学したくなる魅力的な森で、いろいろな発見と感動の連続だが、日暮れも心配だ。ただ学術的に貴重な保護林のため、植生の踏み荒らしには注意したい。倒木で歩道が通られない場所では慎重に迂回する。わずかで自然林を抜け人工林帯に出る。歩道にも風穴らしき穴がたくさんあった。

 人工林帯に出て間もなく、右手側に進むと上ってきた軽石林道に出られるが、少し左(左折は別道)に行き直進すると10メートルほどヤブ状態だが、ここを突破すれば比較的整備された皮子沢歩道が続く。一帯は溶岩帯のでこぼことした複雑な地形の中に人工林が植栽され、自然林もあって林道を歩くよりも断然楽しい。途中に何カ所か、分岐道があるが、脇にそれずにメーン歩道を進むと、筏場支線林道分岐少し上の軽石林道に出る。車まではあと一息。

 ■ジオ解説=希少な植物を育む 伊豆東部最大級の噴火―皮子平

 約3200年前のカワゴ平(皮子平)の噴火は、伊豆東部火山群の中でも最大級だった。この噴火は「プリニー式噴火」と呼ばれるタイプの噴火であり、激しい噴火によって高さ1万メートルを超えるような噴煙を上げたり、火砕流が発生したりした。

 高く上がった噴煙は風に流され、遠く滋賀県の琵琶湖付近にも火山灰を降らした。火砕流の痕跡はカワゴ平周辺だけでなく、狩野川流域の広い範囲に現在も残る。火砕流堆積物はもろく、1958(昭和33)年の狩野川台風の際に発生した「筏場の崩壊」も、この火砕流の堆積物が崩れたものだ。

 もちろんカワゴ平の噴火が残したものは、現在のわれわれに恵みももたらしている。特に噴火の終盤で流れ出した溶岩流は、伊豆の中でも特異なものであり、その上に育つ植物や人々の生活に影響を与えている。

 粘り気の強いこの溶岩は黒曜石や軽石を大量に含む。鋭く割れる黒曜石はナイフや矢じりなどに用いられてきたし、天城抗火石という名の軽石は耐火性があり軽い建材として利用された。

 皮子沢の水が途中で伏流してしまうことからも分かる通り、この溶岩は亀裂や隙間が多く、雨水や川の水をため込み、大量の水を涵養[かんよう]している。こうして溶岩の末端からは大量の湧水が生じ、広大なワサビ沢を潤している。

 粘り気の強い溶岩の表面はブロック状の巨礫[きょれき]に覆われ、岩と岩の隙間にはいくつもの風穴ができ、夏季には冷風が出る風穴の一部は、養蚕でカイコの成長を遅らせるのに使われた。

 筆者は植物の専門家ではないのではっきりとは分からないが、起伏に富み、非常に多孔質な軽石状の溶岩が特殊な環境をつくり、カワゴ平や皮子沢の希少な植生を育んだのかもしれない。

(伊豆半島ジオパーク推進協議会専任研究員・鈴木雄介)

 【写説】林内は皮子平から噴出した軽石溶岩流が積み重なり、その上をコケが覆い、大小の樹木が生えるなど植生遷移を観察できる貴重な森だ

 【写説】樹齢200年を超えるモミなどの巨木が多く生え、原始の森を形成する皮子沢モミ植物群落保護林

 【写説】大木が倒れ、その上にいろいろな植物が着生する。皮子平では鹿にほぼ食い尽くされたオシダが鹿が届かない大木中央に数株見られた

 【写説】林床を覆う軽石や黒曜石などの溶岩の上に樹木が根を張り、軽石や黒曜石には木目調など独特の模様も見られる

 【図表】登山データ表

 【図表】登山ルート図

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