寄稿=杉本苑子先生を偲んで 前熱海市長・川口市雄(上)―文学館条件、市に全財産遺贈

2017年07月07日

故杉本苑子さん
故杉本苑子さん

 杉本苑子先生の訃報に接し、ああ先生もついに逝かれたのか、もう一度お元気なうちにあの温顔にお会いしたかったのにと残念に思いました。

 翌日、西熱海のご自宅へ、水谷昭元助役と2人で弔問に伺いました。先生はやはりきれいなお顔で、穏やかに横たわっておられました。私は熱海市が先生に大変お世話になったことへのお礼とお別れを申し上げて、帰ってまいりました。

 1994(平成6)年9月、私が「親切と文化」を標榜し、熱海市長に初当選したその年の暮れ、小沢幸子さんを通じて杉本先生からお会いしたいとのご連絡があり、市役所へおいでいただきました。

 先生から「私は熱海の街が大好きです。そこで、熱海の文学館の建設を条件に、私が亡くなったら、熱海市へ全財産を寄付したいと思います」とのお申し出がありました。私は大変良いお話なので、ぜひいただきたいと思います、細部は詰めてまいりましょう、とご返事しました。先生側と市当局との間でさまざまな調整がなされ、大筋で話がまとまったので、3月13日に先生は記者発表されました。

 条件付き寄付であるので、市議会へと諮って議決をいただきました。そして95年6月4日、市長応接室で中村稔弁護士立ち会いのもと、杉本先生と私とで、財産遺贈契約の調印がなされました。

 先生は「熱海は素晴らしい街だけど文化はもう一つと思い、文学館の建設を条件に、私が亡くなったら熱海市へ全財産(熱海市内外の不動産、著作権など)を寄付します、文学館は今の住居を予定していますが、場所が山の手であること、また文学館ということから運営はおそらく赤字になるでしょう、それには私の著作権を使ってください」と話されました。

 これについては、全国引き揚げ者の会で役員をしていた関係で、元県議の渡辺行久氏がお宅へ伺った際、先生から財産は市長さんにゆだねたい、ここが文学館になると、庭に入る職人さんの日当は私の印税を使ってもらう、と話されていたとのことです。

 私が「先生、文学館に『杉本』の冠をつけたほうが良いですね」と言うと、先生は「それは不要です。普通のたとえば『熱海文学館』のような名称にしてください」とキッパリ言われ、驚きました。また遺贈について「私は身体が弱いので、財産は近いうちに市のものになると思います」とおっしゃるので、「先生、ぜひ長生きをしていただいて、熱海のためにご活躍いただきたい」とお願いしました。

 【写説】故杉本苑子さん

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