伊豆の低山を歩く ジオてくの楽しみ32=鉢窪山・丸山(伊豆市)

2017年07月01日

1.鉢窪山の噴火で噴出したスコリア層がよく観察できる崖の断面
1.鉢窪山の噴火で噴出したスコリア層がよく観察できる崖の断面
2.直径50~60メートルの平らな窪地の鉢窪山噴火口跡。周囲を人工林が覆う
2.直径50~60メートルの平らな窪地の鉢窪山噴火口跡。周囲を人工林が覆う
3.噴火口にたまった水が一気に流れ下って麓集落を襲うのを防ぐために設けられたとみられる水抜きの溝
3.噴火口にたまった水が一気に流れ下って麓集落を襲うのを防ぐために設けられたとみられる水抜きの溝
4.南無地蔵大菩薩の石碑を見学する「鉢窪山火口めぐりハイキング」参加者
4.南無地蔵大菩薩の石碑を見学する「鉢窪山火口めぐりハイキング」参加者
5.今上天皇が皇太子時代の昭和21年、八丁池に行幸された折に記念植樹した杉と記念碑
5.今上天皇が皇太子時代の昭和21年、八丁池に行幸された折に記念植樹した杉と記念碑
登山データ表
登山データ表
登山ルート図
登山ルート図

 ■山と人々=ジオサイトで注目の山 美しい30度、安息角の斜面

 ジオサイトとして注目される伊豆市茅野[かやの]の鉢窪山は旧いのしし村の背後の山で、国道414号を通ると丸みのある山体が確認できる。「今はスギやヒノキが植林された人工林だが、昭和30年代まではカヤで覆われた美しいおわん形の山。奈良市の若草山そっくりだった」と麓に住む山本宗男さん(66)はいう。

 鉢窪山と南東側に1・2キロほど離れた丸山は同時に噴火し、北西―南東方向の割れ目噴火によってできた一つの火山列だ。「鉢窪山は粘りけの少ない溶岩のしぶき(スコリア)が火口の周りに降り積もってできたスコリア丘で、伊東の大室山と同じ。底の直径800メートル、高さは300メートル弱あり、火口東側が高いのは強い西風で、スコリアが運ばれたためではないか。この内側斜面や防火帯の辺りは傾斜30度の安息角(ジオ解説参照)がよく分かる」と湯ケ島地区地域づくり協議会長で伊豆半島ジオガイド協会事務局長の安藤裕夫さん(67)は説明する。

 伊豆の一大観光名所になった浄蓮の滝は、鉢窪山から流れ出た溶岩がつくり出し、本谷川の対岸にあったとされる浄蓮寺が滝名の由来。美しい柱状節理や県天然記念物のハイコモチシダが見られ、一帯はシダの宝庫だ。

 茅野の台地も溶岩の産物で、「山の周囲には雨が降れば水が吹き出して滝のようになる場所も数カ所あったが、マグニチュード7・0、直下型の伊豆大島近海地震(1978年)で水が出なくなった所もある」と山本さん。加えて「集中豪雨による山からの出水で地区内の道路が1・5メートルほど浸食されたことも2度あった」とし、地下の溶岩が思いも寄らぬ被害を及ぼすことも。

 「古い時代には山頂の噴火口にたまった水が一気に流れ下って集落に被害を与えたこともあったようだ。このため水がたまらないよう噴火口の周囲に溝を切った場所が残る。言い伝えで、雨が降り鉢窪山が光ったら気を付けろや、家には塀を設けろと先祖から言われている」と山本さん。

 麓の茅野は旧下田街道(国道414号)沿いで内陸部最奥の集落。400年ほど前の江戸時代初めに山本さんの先祖ら3軒が入植し、今は与市坂[よいちざか]を含め70戸弱が集落を形成する。江戸時代、伊豆の測量調査で訪れた伊能忠敬の測量隊が山本さん宅に泊まった記録も残るという。

 「鉢窪山では子どもの頃、雪が降れば手作りの竹製スキーやそり遊びをよくやった。刈り取って積み重ねたカヤに突っ込み、大人によく怒られた」と山本さんは懐かしそうに語る。植林前の鉢窪山は子どもらの格好の遊び場で、周辺地域共有のカヤ刈り場(屋根の材料や田畑の肥料などに使用)でもあった。今はジオを中心に観光利用が模索されている。

 ■登山記=直径50~60メートル、山頂に噴火口跡 随所にスコリア断面も

 天城峠に近い「道の駅・天城越え」から歩き始め、修善寺寄り国道414号沿いの野畔[のぐろ]に向かった。野畔は、旧天城湯ケ島町教委が発行した「天城の地名」によれば「鉢窪山山裾の野原の終点」が地名のいわれだ。

 ここには以前、天城営林署時代(現森林管理署)の研修所や官舎があり、今上[きんじょう]天皇が1946(昭和21)年、皇太子時代に八丁池を行幸された際に記念植樹した杉が植わる。奥に進むと1894(明治27)年建立の「南無地蔵大菩薩」の碑がある。1900(明治33)年に着工、5年後に完成した天城隧道[ずいどう]の建設を前に工事用道路を兼ね新下田街道の整備に湯ケ島側と河津側から着手、それに関わる碑と見られる。詳細は不明。

 鉢窪や丸山を目指す登山は奥の作業道からスタートし、安藤裕夫さんは「すぐにスコリア層を見ることのできる浸食された崖、その先にも一層詳細に観察できる崖断面があり、一帯の作業道脇では天城山系の皮子平[かわごだいら]の噴火(およそ3200年前)による軽石や黒曜石を含んだ火山灰層、沢では丸山の流れ下った溶岩跡も確認できる」とジオの魅力を語る。

 「鉢1~15」の小さな標識を頼りに進む。丁字路に出たら左の鉢窪山方面には行かず、右側の丸山方面へ。すぐ最初のカーブを人工林内に分け入り右手方面に進めば踏み跡のある作業道があり、これを上れば岩尾林道にぶつかる。横断して人工林内に入ると続きの歩道が現れ、この辺りは既に丸山の中腹。途中にある大規模な崩落跡を過ぎ、さらに進めば林道が二股に分かれた場所に出る。

 「ここから右手側を5、6分登れば丸山山頂だが、三角点があるだけで景色は開けず何もない。噴火口は失われ、スコリアを大量に噴出した火山であることすら想像できない」と同協議会メンバーの小沢和彦さん(70)。今回のコースは人工林が多いが、丸山の東側にはブナやヒメシャラの自然林もある。林道を左手に上がれば八丁池にも行ける。

 下山し今度は林道を右手に下る。すぐに丸山のスコリア層がよく確認できる崖がある。そのまま下ると、さきほど登ってきた作業道に合流、戻って標識通り進めば鉢窪山の山頂近くの鞍部[あんぶ]に出る。右手の人工林内から左手に下ると、直径50~60メートルの平らな噴火口に到着する。「周囲の人工林をもう少し伐採し、お鉢巡りできる遊歩道の整備を望む。噴火口の保全にもつながる」と安藤さん、また小沢さんは「北側に富士山の眺望が素晴らしい場所があり、雑木を切り払い間伐材でベンチを設置したい」という。

 鞍部に戻り、直下に「道の駅・天城越え」が見える防火帯を下って矢印方向に進むと来た道にすぐ合流、車に戻った。

 ■ジオ解説=おわん伏せたような山 浄蓮の滝、芽野の台地つくる

 浄蓮の滝観光センターにある伊豆の踊子像で「私」が指さすのは天城の山であろうか。「私」と同じ目線に立ってみると、天城の山の手前におわんを伏せたような形をした山がある。これが鉢窪山である。

 「おわんを伏せたような」と形容される山と言えば、伊東市の大室山を思い浮かべる方も多いと思う。大室山も鉢窪山も伊豆東部火山群の火口の一つで、火口の周りにスコリアが降り積もってできたスコリア丘なのだ。

 砂時計を思い浮かべてほしい。落ちた砂は砂時計の下部にいつも同じ形の小さな砂山を作る。砂のような粒子が積み上がって急斜面を作ると、一定の角度以上になると崩れてしまう。崩れることなく安定する最大の角度を安息角という。

 空からスコリア粒子が降り積もってできるスコリア丘の斜面は最終的には安息角(スコリアの場合は約30度)に達するため、スコリア丘は別の噴火であっても似た形になることが多い。伊豆にはいくつものスコリア丘があるので地形図などを使って探してみてほしい。鉢窪山の南東側にある丸山もスコリア丘である。

 鉢窪山と丸山は共に約1万7千年前の噴火でできた火山である。この噴火で流れ出した溶岩は本谷川に流れ込み、その一部を埋め立てたため、茅野という集落が広がる平坦な溶岩台地ができた。狩野川上流の本谷川は険しい地形をつくり出しているが、浄蓮の滝周辺にだけ平坦な地形が広がり田園風景が見られるのはこのためだ。

 また、この溶岩台地の端に浄蓮の滝をつくり、滝では溶岩が冷え固まったときにできた柱状節理が観察できる。溶岩の亀裂からは湧水も見られ、湧水を利用したワサビ沢も広がる。鉢窪山の噴火は美しい景色だけでなく、現在の人の暮らしの成り立ちにも深く関わっている。

(伊豆半島ジオパーク推進協議会専任研究員・鈴木雄介)

 【写説】鉢窪山の噴火で噴出したスコリア層がよく観察できる崖の断面

 【写説】直径50~60メートルの平らな窪地の鉢窪山噴火口跡。周囲を人工林が覆う

 【写説】噴火口にたまった水が一気に流れ下って麓集落を襲うのを防ぐために設けられたとみられる水抜きの溝

 【写説】南無地蔵大菩薩の石碑を見学する「鉢窪山火口めぐりハイキング」参加者

 【写説】今上天皇が皇太子時代の昭和21年、八丁池に行幸された折に記念植樹した杉と記念碑

 【図表】登山データ表

 【図表】登山ルート図

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