伊豆の低山を歩く ジオてくの楽しみ31=長九郎山・内野火ケ山(松崎町)

2017年05月19日

1.長九郎山の山頂近くを美しく彩るアマギシャクナゲ(2014年5月23日撮影)
1.長九郎山の山頂近くを美しく彩るアマギシャクナゲ(2014年5月23日撮影)
2.200体近い石仏群が迎えてくれる幽玄な雰囲気漂う宝蔵院([2]~[4]は今年4月撮影)
2.200体近い石仏群が迎えてくれる幽玄な雰囲気漂う宝蔵院([2]~[4]は今年4月撮影)
3.内野火ケ山の宝蔵院側中腹から吹き出す湧水。冷たく清らか
3.内野火ケ山の宝蔵院側中腹から吹き出す湧水。冷たく清らか
4.宝蔵院の境内に植わる幹にハート形の穴が開くサルスベリ。幹を触ると枝先が揺れる?
4.宝蔵院の境内に植わる幹にハート形の穴が開くサルスベリ。幹を触ると枝先が揺れる?
長九郎山のヒカゲツツジ(大乗さん撮影)
長九郎山のヒカゲツツジ(大乗さん撮影)
長九郎山のイワカガミ(大乗さん撮影)
長九郎山のイワカガミ(大乗さん撮影)
登山データ表
登山データ表
登山ルート図
登山ルート図

 ■山と人々=シャクナゲ、イワカガミ魅力は花の山 「女谷には決して行くな」

 空海(弘法大師)が西暦800年ごろに創建した松崎町の山中にある富貴野山・宝蔵院。空海は同所を和歌山県の高野山のような一大聖地にしようと考えたが、険しい谷あいに修行僧を惑わす女陰に似た奇岩が見つかり、断念したともいわれる。同町出身の総務省・元職員の船津好明さん(81)が一昨年、本紙に連載した「富貴野山と女谷[おんなたに]」に詳しい。

 江戸時代中期の伊東祐綱の「伊豆誌」には「妻谿[めだに]」と表記される。誘惑に負けた僧侶が女谷に行って転落、死んだことから「坊主落とし」の口伝もある。同寺に比較的近い西側の入り組んだ谷に女谷はあり、船津さんは「道もなく危険なため、決して行かぬように」と忠告する。

 長九郎山の標高800メートル超には天城山の固有種で、植生南限といわれるアマギシャクナゲの群落がある。だが老木化や倒木などで衰退が著しく、国は1961(昭和36)年、山頂近くの2・65ヘクタールを石ころ一つでも持ち出しを禁じる学術参考保護林に指定。後に長九郎シャクナゲ植物群落保護林に名称変更した。元高校教師で定年後、植生保護やごみの撤去に取り組んだ同町の大乗[おおのり]恒彦さん(84)は「昭和40~平成10年ごろまでは車で訪れる大規模な盗掘、登山者の持ち去りもあり激減した。山岳写真家の白〓史朗さんに協力を仰いだこともあった」

 元町役場商工観光課長の山本一詞[ひとし]さん(68)は「温暖化でイヌツゲやアセビなどの常緑樹がシャクナゲの樹冠を覆い、光を遮り世代交代を妨げた。国に伐採やシャクナゲの実態調査を働き掛けた」。その結果、官民で保護協議会を組織、保護林内の植生調査で2097本のアマギシャクナゲを確認した。

 「樹冠の伐採は一度だけ許可されたが、すぐに伸び効果はほとんどなかった。根元や幹のある程度の高さから伐採すべきだったが、国に聞き入れてもらえなかった」と山本さんは振り返る。一方、大乗さんは「調査をしていない場所にもシャクナゲは多く自生し、実生(稚樹)は車の乗り入れが自由だった頃に比べれば増えた。だが、未調査の北側ガレ場以外には20センチ以下はあっても40、50センチに育った後継樹はない。みな何らかの理由で絶えている」と訴える。

 一帯には貴重なイワカガミやヒカゲツツジも自生する。「長九郎山の魅力は何と言っても、シャクナゲはじめこれらの花。以前はヤマルリソウ、ツルリンドウ、アケボノソウなど山野草もたくさんあったが、環境変化や鹿の食害、人の手により数を減らしている」と心を痛める。ただ林道への一般車の進入を2002(平成14)年に禁止してから、盗掘は減っているという。

 5月中旬~6月中旬はアマギシャクナゲの花シーズン。町によれば今年は若干遅れている。

 ■登山記=歴史の宝庫 宝蔵院 内野火ケ山中腹から湧水噴出

 松崎町の長九郎山に古刹[こさつ]の宝蔵院側から登った。町が森林をはじめ自然に親しめるよう同寺周辺を「富貴野山21世紀の森」として整備する前年、同寺から長九郎山までの富貴野山・長九郎山遊歩道も設けられた。

 宝蔵院までは道の駅「花の三聖苑」に近い、船田(帰一寺付近)から県道を分岐するか、一色や白川から入ると車で10~20分ほどで到着する。わずかに歩くと200体近い石仏が迎えてくれ、幽玄な雰囲気が漂う。階段を上ると本堂前に1本のサルスベリがあり、幹にハート形の穴が開き、幹に触ると枝が揺れるとの言い伝えがある。

 弘法大師が植えたとされる大木の弘法杉の前を通り人工林の中を行く。炭焼き窯の跡がいくつもあり、雑木林だった頃は炭焼きが盛んで、皆伐後(戦後間もなく)に植林されたのだろう。内野火ケ山の宝蔵院側斜面から突然、冷たく清らかな湧水が噴き出している場所があった。雨後のためか水量は豊かで、天城山系でもこのような場所は珍しい。

 歩みを進めると長九郎山と大沢温泉方面(現在、崖崩れで通行止め)への分かれ道の出合[であい]で、その先に池代[いけしろ]方面への分岐がある。わずかで林道が通る八瀬[やせ]峠だ。峠手前の奥には山の神の祠もあった。八瀬峠の先の登山道沿いに1987(昭和62)年、町観光協会有志がキョウマルシャクナゲを1125本植栽した。だが枯れたり盗掘されたりで数を減らし、今は約200株が初夏の奥山を彩る。山間部のシャクナゲでは伊豆で開花が最も早く、5月初旬に咲く。

 登って行くと、ドウダンツツジ(シャクナゲと同時期に千本超を植栽)、アセビ、ツルシキミ、ヒメシャラ、ブナ、トウゴクミツバツツジ、ウンゼンツツジなどいろいろな植物が現れ始め、山頂近くなると野生のアマギシャクナゲが迎えてくれる。花目当ての登山客も多い。

 山頂には鉄骨製の展望台があり、上がれば高さは千メートルをわずかに超え、天城連山、南アルプス、伊豆七島などが見渡せ、伊豆一といっても過言ではない眺望が開ける。帰路は来た道を戻った。長九郎山は同町池代や大沢温泉から登るのが昔からのルートで、硫黄やマンガンの採掘跡を眺めながら登ることもできる。

 ■ジオ解説=60万年前ごろ噴火の長九郎火山 亜熱帯の生物の化石も

 長九郎火山は伊豆が本州と衝突して半島になった後(またはなりつつある頃)の60万年前ごろに噴火していた火山である。この頃は、長九郎火山だけでなく天城火山や達磨[だるま]火山、猫越[ねっこ]火山などいくつかの火山が活動しており、伊豆の中は今よりもにぎやかだったかもしれない。

 これらの火山は本連載の中でも何度か登場していて、共通しているのは、山頂付近には火山特有のなだらかな斜面が残っていることである。長九郎火山は、噴火を終えてから長い間、風雨によって削られ、火山としての地形はあまり残っていないが、わずかに山頂付近にはなだらかな斜面が残されておりアマギシャクナゲなどの植物を育んでいる。

 長九郎山から池代へは、持草川が刻む谷に沿って下っていく。長九郎火山が噴出した溶岩や火山灰などの地層の下には、伊豆が海底火山だったころにできた地層が隠されている。持草川の流れは長九郎火山の地層を削り取り、海底火山の地層を川の周りに露出させている。

 硫黄橋からしばらく下り、歩道のわきにワサビ沢が現れる付近から下流は、海底火山がつくった地層の中を歩く。周辺からは、伊豆が南の海から移動してきた証拠である、亜熱帯の海にすんでいた生物の化石も見つかっている。

 古い海底火山の地層は、長九郎火山などの、より新しい火山の熱によってその成分を変えたり、高温の地下水に溶け込んだ岩石や火山ガスの成分が沈殿したりしている。長九郎山と池代を結ぶ歩道沿いにも、硫黄やマンガンといった鉱物を採掘していた痕跡がいくつも見られる。もちろん坑道への立ち入りはできないが、持草川の中でマンガンを含む黒い岩石が見つかることもある。

(伊豆半島ジオパーク推進協議会専任研究員・鈴木雄介)

 【写説】長九郎山の山頂近くを美しく彩るアマギシャクナゲ(2014年5月23日撮影)

 【写説】200体近い石仏群が迎えてくれる幽玄な雰囲気漂う宝蔵院([2]~[4]は今年4月撮影)

 【写説】内野火ケ山の宝蔵院側中腹から吹き出す湧水。冷たく清らか

 【写説】宝蔵院の境内に植わる幹にハート形の穴が開くサルスベリ。幹を触ると枝先が揺れる?

 【写説】長九郎山のヒカゲツツジ(大乗さん撮影)

 【写説】長九郎山のイワカガミ(大乗さん撮影)

 【図表】登山データ表

 【図表】登山ルート図

〓(7c31)は竹カンムリに旗

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