伊豆の今=海の魅力伝え観光再興 希少な貝、サンゴ数万点受け継ぐ南伊豆・小沢さん

2017年03月31日

部屋を埋め尽くす希少な貝やサンゴと小沢さん=南伊豆町石廊崎
部屋を埋め尽くす希少な貝やサンゴと小沢さん=南伊豆町石廊崎

 ■ウエディング装飾、手芸品に活用

 再開発が進む伊豆半島最南端の南伊豆町石廊崎。ここに観光全盛期をまたぎ半世紀以上、貝やサンゴの卸業と加工販売を手掛けた「小沢貝芸社」が存在した。世界自然遺産の小笠原諸島産枝サンゴや、現在はワシントン条約で取引制限のあるカリブ海産ピンクガイなど数万点を世界中から集めた。その膨大な“遺産”が今、再び活用され始めた。遺産を受け継ぐ美容師・小沢裕美さん(55)=南伊豆町=が中心となって取り組む。ホテルがリゾートウエディングの装飾に利用したり、地元作家が手芸品に使うなど、海の魅力を伝え地域を彩る資産として広がりを見せる。

 小沢さんは石廊崎で美容室「ル・パラディ」を経営。貝殻はその2階を埋め尽くす。二枚貝ではヒオウギやアコヤガイ、巻き貝はゴシキカノコやホネガイ、南太平洋のオウムガイ、パプアニューギニアのミドリパプアなどがある。ほかにツノガイやウニ、化石サンゴなどコレクションは多種多様。

 小沢さんはかつて首都圏で活躍していた。地元石廊崎へ帰ってからは技術を買われ、下田東急ホテルなどと提携し、結婚式のヘアメークや着付けを請け負う。4年ほど前、空間デザイナーに大量の貝が自宅にあることを話し、式で利用した。「貝の飾り付けを見て体が震えた。昔から身近で価値を感じなかったが、力のある人に任せると化ける」と振り返る。現在は同ホテルが会場装飾や指輪入れに利用する。

 同ホテル結婚式担当の土屋圭子さんは「リゾートウエディングの演出に活用している。ヒトデやサンゴは流行のアイテムで好評だが流通は多くない。小沢さんのコレクションは貴重な品が大量にそろう」という。

 地域の手芸作家の利用も進む。同町湊に工房を構える高橋美紀さんはリースを試作中。地元のドライフラワーと貝やサンゴのかけらをちりばめる。「夏までに形にしたい。海辺の雰囲気は地域のPRになる。製作教室も開きたい」と語る。

 卸業は1950年ごろ、戦地から帰った祖父博さんが始めた。標本や工芸品を作り、遠くは沼津市まで卸した。勤め人だった父富夫さんも引き込み、事業を拡大した。69年に石廊崎ジャングルパークが開園したころ、園内へ売店を出し「小沢貝芸社」を名乗った。往時は伊豆急線へ貨車を入れ大量の貝を仕入れたほどだった。石廊崎観光の斜陽につれ経営を縮小し2008年、富夫さんが海難事故で亡くなり店は途絶えた。

 貝は誰にでも販売するわけではない。「祖父と父が集めてくれた大事なもの。貝を通じ多くのつながりが生まれた。デザイナーや作家と共に大切に使い、地元の良さを伝えたい」と小沢さん。「貝やサンゴがあれば、南伊豆や下田らしい海沿いのリゾートウエディングができる。賀茂の若者の多くは三島市などで式をするが、魅力を高めこちらでの挙式を増やしたい」と抱負を語る。

(下田支社・勝田航平記者)

 【解説】石廊崎が観光地として注目されたのは1950年、毎日新聞社の「日本の観光地100選」に選ばれたのがきっかけ。55年ごろには新婚旅行のコースとなり、帽子をかぶった新婚さんが沿道を埋めたという。

 61年に伊豆急線開業、69年に石廊崎ジャングルパークが開園し隆盛を極めた。平成に入り徐々に衰退し、2003年の同パーク閉園後は客足が遠のいた。

 町は同パーク跡地へ19年4月までに、芝生広場や売店を備えた「石廊崎オーシャンパーク」を整備する再開発計画を進めている。半島の最南端へ再び人の流れをつくり出せるか、今が正念場だ。

 【写説】部屋を埋め尽くす希少な貝やサンゴと小沢さん=南伊豆町石廊崎

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